【動画】引きこもりやニートの若者が山奥で集団生活。住民同士のゆるいつながりが魅力=滝沢貴大撮影
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 和歌山市中心部から車で2時間半。紀伊半島のほぼ真ん中、和歌山県田辺市の山奥にある限界集落の一角で、引きこもりやニートの若者たちが共同生活を送っている。

 田辺市五味地区にある小学校の元校舎に、現在14人が暮らす。建物を管理するのは、NPO法人「共生舎」。共生舎は2009年、「居場所のない若者の居場所を」と初代代表の山本利昭さんが設立した。14年に山本さんが亡くなってからは、利用する若者が自主運営する形になった。

 建物には、住民それぞれの個室と、全員が集まれるリビングがある。月2万円の生活費を支払い、食事の当番さえこなせば、しなければならないことはほとんどない。「でも、みんな掃除やゴミ捨てはしてくれます。暇ですからね。自発的に何かやって、ほめてもらえる。人間のあるべき姿って気がしますね」と、共生舎理事の石井あらたさん(32)はほほえむ。

 年齢は16歳から30代後半で、出身地はばらばら。背景も様々。不登校になって退学を選んだ人、会社を辞めて来た人……。共通しているのは、「生きづらさを抱えてきた」という点だ。

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 石井さん自身も元引きこもりで、14年から共同生活を始めた。愛知県出身。教師になりたくて、静岡県の大学の教育学部に進学したが、教育実習でつまずいた。「何をしていいのやら、わからなくなった。みんなが楽しいと言う教育実習ができず、僕には何もできないなと思った」。次第に大学から足が遠のき、引きこもるようになった。

 転機は、インターネット上でのつながりだった。「当時、ネットでニート仲間を探していて、その中で知り合った人から共生舎のことを教えてもらった。ネットさえあれば、家に引きこもっていても山奥でも同じかなと思い、ここへ移り住むことを決めた」

 移住から6年以上が経つが、共生舎での生活を気に入っている。理由はいくつもある。居住空間が広々しているから。月2万円で生きていけるから。あいさつするだけで地元住民から喜んでもらえるから。そして何より、共同生活が楽しいから。

 共生舎に来るまでは一人、部屋にこもっていたような住民も多いが、現在はほとんどが共同生活を楽しんでいる。鍋パーティーをしたり、川遊びに行ったり、カラオケ大会を開いたり。参加を強制されることはない。気が向いたときに輪に加わり、飽きたら抜ければいいルールだ。

 「一人で生きるのって、結構強い人じゃないとだめで、弱い人にとっては群れている方が良い。自分以外の誰かがなんとかしてくれるだろうって精神的な余裕ができるし、人がいるだけで安心する。ここにいて、将来を不安に思うことが全然ないんです」

 共生舎は「引きこもりからの脱却」を目的とした組織ではなく、居住の期限も設けていない。メンバーは毎年2、3人ほど入れ替わる。「ここでエネルギーをチャージして、また社会に戻っていくのもいいし、逆にここを気に入って住み着ついてもいい。どっちでもいいのが、ここのめずらしいところだと思う」

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 新型コロナウイルスで揺れた2020年は、観光地やリゾート地でテレワークをする「ワーケーション」が注目されるなど、人々の生活スタイルが見直された年だった。

 石井さんは「便利さって見方で変わる。それが表に出た1年だった」と話す。山奥での暮らしは車社会では不便だが、ネット社会では都会とあまり変わらないと感じている。「たとえば今後3Dプリンターが普及してその場で物が作れるようになったり、ドローンで荷物を配達できるようになったりすれば、むしろ山奥の方が暮らしやすくなるかもしれない」

 住民たちは動画配信サービスで話題の映画を楽しみ、音楽配信サービスではやりの音楽を聴き、SNSで全国の人と交流しながら暮らしている。週に1度の買い出しには片道1時間かかるが、新型コロナに感染するリスクは低く、「自粛警察」に代表されるような同調圧力もない。住民同士の、そして社会との「ゆるいつながり」が魅力という。

 「田舎の良いところと都会の良いところを両取りしたい」と石井さん。「ネットのお陰で、それができるようになった。ここをどこよりも『文化的な山奥』にしたい」(滝沢貴大)