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 発覚から半世紀以上が経つ大規模な食中毒事件の「カネミ油症」。鹿児島市に住んでいた認定患者の男性が、市内で売られた油で発症していたことが朝日新聞の取材で分かった。鹿児島も、油がその地に流通して患者が出た「被害発生地」に数えられることになる。男性はすでに亡くなっているが、遺族によると周辺に被害が潜在する可能性を訴えていたという。

 カネミ油症をめぐっては調査が徹底されておらず、今も「被害発生地」は不確定のままで、患者の掘り起こしの壁になっている。

 これまでの研究では、原因企業のカネミ倉庫(北九州市)がある福岡や長崎、広島、高知など西日本の11県が、汚染された食用油が流通して被害が出た「発生地」と確認されていた。それ以外の府県にも認定患者や被害を訴える人はいるが、他の地域で油を口にして被害に遭った人が移った例が多く、鹿児島県も「発生地」との確認がされていなかった。

 カネミ油症が発覚した1968年10月以降、鹿児島県で患者認定されたのは男女3人。ただ、どこで口にしたのかは、鹿児島県は「資料がない」として把握していないという。厚生労働省とカネミ倉庫も同様の回答だった。

 古い資料を手がかりに、3人のうち鹿児島市内に住んでいた1人の男性の家族を訪ねた。カネミ油が「健康にいい」と聞いた男性は、近くの食料品店で一升瓶入りの油を買い、毎日、少しずつ飲んでいたと証言した。家族で油を口にしたのは男性だけ。自営業で、県外に長期間出るような機会はなかったという。

 家族によると、68年10月に油症被害が報道されると、男性は自らの顔や背中に吹き出物の症状が出ていたため、保健所に届け出た。70年代まで吹き出物が消えず、油症特有の全身の倦怠(けんたい)感に後年まで悩まされていた。男性は10年前に亡くなった。

 68年10月から69年7月にかけ、被害を疑って保健所に届け出た人は近畿以西で約1万4千人に上り、9割超がカネミ油を口にしたと確認されたが、その時点での患者認定は900人ほどにとどまった。男性が行った検診会場にも多くの市民が詰め掛けていたという。

 当時は皮膚症状を重視する狭い認定基準が適用され、油の流通経路の調査も一時期の製造分に限るなど徹底されなかったため、多くの被害者が救済から漏れている可能性がある。この男性も自分が認定されたことを「油が残った瓶を持参したからではないか。自分と同じように油を口にした人は他にもいたはずだ」と、話していたという。

 油症被害の掘り起こしに取り組む医師の藤野糺氏=熊本県=は「鹿児島に流通した油によって発症した患者が1人でもいるなら、その周囲で多くの被害の潜在が考えられる」と指摘する。

 九州では大分、熊本、宮崎の3県も、被害の発生が確認されていない。ただ、69年7月にかけての保健所への届け出は、大分が334人、宮崎は231人、熊本で51人を数えるが、当時の患者認定はいずれもゼロだった。油症を研究してきた下田守・下関市立大名誉教授は「各地で被害の実態把握が不十分のまま現在に至っており、あらためて調査が必要だ」と話した。(奥村智司)

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 〈カネミ油症〉 カネミ倉庫(北九州市)が販売した米ぬか油に、ポリ塩化ビフェニール(PCB)や、それが加熱されてできるダイオキシン類が製造過程で混入し、西日本一帯に流通して引き起こされた食中毒事件。皮膚や内臓の疾患、全身の倦怠(けんたい)感など症状は多岐にわたる。各地での検診結果をもとに九州大などの医師らで構成される診定委員会が審査し、最終的に県などの自治体が患者認定する。

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