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 首相辞任を表明した安倍晋三氏。1993年、38歳で国会議員になった安倍氏は「保守本流」と言われた軽武装・経済重視路線とは別の、もう一つの「保守」に身を投じます。その思想の底流を連載で探ります。(敬称略、年齢は掲載当時)

【2015年6月20日朝刊4面】

 安倍晋三は1993年7月の衆院選で政界入りした。当時38歳。くしくもこの選挙で自民党は結党以来、初めて下野し、細川内閣が発足した。安倍は祖父・岸信介の流れをくみ、父晋太郎も会長を務めた派閥・清和会に所属する。

 「ぼんぼんだと思った」

 同じ清和会メンバーで、のちに盟友となる1期上の衛藤晟一。最初に安倍に会ったとき、そんな印象を持った。だが、話してみると、「歴史に対し相当突っ込んだ見方をしている」と思った。

 安倍は祖父と父の実体験を通じ、政治を学んできた。保守系雑誌も読み、自身の理論を固めていた。

 ただ、党内に入ると、自らの思い描く保守政党にはおよそ似つかわしくない雰囲気だったようだ。

 総裁はハト派・護憲派の代表格、河野洋平。「保守本流」の派閥・宏池会(こうちかい)の実力者だ。細川、続く羽田内閣が短命で終わると「自社さ」の村山政権が発足。連立を組む自民党内では、リベラル派の力が強まった。

 安倍はのちに雑誌「歴史通」(2011年1月号)で、当時は党内の「リベラルや左翼に共感するような人たち」が「肩で風切って歩いていて、ある意味、自民党の輝ける存在でした」と皮肉交じりに語った。

 一方、河野には秘めた思いがあ…

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