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 暮れゆく2020年。取材の現場で出会った言葉とともに、熊本の1年を振り返ります。

1月

 河内漁業協同組合が生産するブランドのり「塩屋一番 特 等級」の落札価格が4年連続で日本一になった。ノリ芽が短いうちに早摘みするなどの方法で品質を高めている。同組合の岩崎勝治総務理事は「これからも研究を重ねて、おいしいノリを作っていきたい」。

2月

 ハンセン病とされた男性に死刑が執行された「菊池事件」をめぐる国家賠償請求訴訟で、熊本地裁は事件を裁いた特別法廷を違憲と判決。原告の1人で元患者の竪山勲さんは記者会見で「本当ならこの裁判で、男性は無実だと言ってほしかった。(判決には)もっと私たちの人生に寄り添ってほしかった」。

3月

 水俣病被害者互助会の8人が国と県、原因企業チッソに損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、福岡高裁が請求を棄却。記者会見で原告団長の佐藤英樹さんは「不当判決。水俣病を何もわかっていない。私たちが言ったことに耳を傾けてくれなかったのは本当に残念。最高裁で争っていきたい」。

 知事選で蒲島郁夫氏が県政史上初の4選。初登庁で「創造的復興を次の4年間でなし遂げ、50年、100年後の熊本の礎、蒲島県政のレガシーを一緒に作り上げましょう」と職員に呼びかけた。

4月

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、県はホテルや商業施設などへ休業要請。フィットネスクラブを経営する男性は「先が見通せない状況で、これまでの経営感覚では乗り切れない」。

5月

 熊本地震後に「耐震性能不足」が指摘された熊本市役所本庁舎の建て替えについて、大西一史市長は検討作業の一時中断を表明。「今は何よりも新型コロナウイルス感染症対策に行政資源を集中的に投入すべき」と述べた。

6月

 第102回全国高校野球選手権大会の中止を受け、県高野連は独自の県大会開催を決定。熊本国府の斎藤健二郎監督は「3年生に最後の舞台を用意することができてよかった」。

7月

 記録的な豪雨により県南部を中心に河川の氾濫(はんらん)や土砂崩れなどの災害が発生。県内で死者65人、行方不明者2人、住宅の全半壊約4600棟など甚大な被害が出た。4日未明、濁流に襲われた球磨村の特別養護老人ホーム「千寿園」で入所者の避難作業にあたった村議の小川俊治さんは「地獄を見ているようだった」。

8月

 熊本地震で被災し、県内で一部不通になったJR豊肥線が4年4カ月ぶりに全線開通。立野駅前の店の男性は「忘れていた4年前の日常を思い出した。改めて気を引き締めてがんばっていきたい」と喜びをかみしめた。

9月

 熊本大学の特定事業研究員の女性が殺害され、熊本市中央区の無職の男が逮捕された。事件後、付近の小学校では地区の防犯協会による下校時のパトロールが強化された。

 大相撲秋場所で正代が熊本県出身力士で初めて賜杯(しはい)を手にした。大関昇進の伝達式で「至誠一貫の精神で相撲道に邁進(まいしん)してまいります」と口上を述べた。地元の宇土市は歓喜の渦に包まれた。

10月

 国道57号が熊本地震から約4年半を経て2ルートで復旧。南阿蘇村での大規模な斜面崩壊で大学生の息子を亡くした大和卓也さんは「ここに立つと、今がまだあの時のよう。自分たちにとっては地震は4年も経った遠い昔になっていない」。斜面崩壊跡地には被害を後世に伝える石碑が建てられた。

11月

 記録的豪雨による水害を受けて蒲島知事は球磨川の治水策を転換し、川辺川へのダム建設容認を表明。流域住民らの賛否は分かれ、五木村で民宿を営む女性は「ダムができたら川が汚れてしまう。球磨川と支流の川辺川は、子孫に残すべき財産なんです」と訴えた。

12月

 新型コロナの感染拡大が勢いを増し、29日までに県内で26例のクラスター(感染者集団)が発生。県は熊本市中心市街地で深夜営業し酒類を提供する飲食店に営業時間短縮を要請した。

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