震災遺児支援続け10年 小山田和正さん(50) 青森

聞き手・吉備彩日
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 青森県五所川原市の住職、小山田和正さん(50)は東日本大震災があった日、市外の寺で他の住職たちと研修を受けていた。

 体感したことがない揺れでした。(五所川原に)帰ってくるまで、信号が全部消えていた。でもこちらは電気がつかないくらいで、みんな生活はなんとかなっていました。

 震災で親を亡くした子どもたちを支援するため、ボランティア団体「tovo(トヴォ)」を2011年に設立し、チャリティーグッズの販売などの活動に取り組んできた。きっかけはその年の5月、岩手県陸前高田市宮城県石巻市福島県南相馬市などで、がれき撤去などのボランティア活動に携わったことだった。

 住民とのトラブルを避けるために、ボランティアは私語が禁止されていました。しーんとした中で、作業を終えて着替えていると、地元の子どもたちが笑い合う声が聞こえてきました。野球をしていたんです。地獄のような悲惨な状況でも、楽しみやジョークがないと人は絶対生きていけない。この子たちの野球道具をそろえられるくらいのことはしていきたいと思ったんです。

 ボランティアから戻るとすぐ、玩具メーカーにデザイナーとして勤務した経験や人脈を生かし、自身がデザインした缶バッジなどのチャリティーグッズの販売を始めた。利益はあしなが育英会の「あしなが東日本大震災遺児支援募金」に寄付。20年12月中旬までの寄付額は930万円に上る。

 時間やお金、労力を使ってボランティアに行っても、片付けられるのはほんのわずかで、途中で終わって帰ってくるむなしさがあったんです。自分が続けられそうなことをしようと考えて始めました。(グッズを)作っても作っても追いつかないようになり、買ってくれるたくさんの知らない人に寄付の報告をするため、フリーペーパーも作り始めました。

 活動を始めた当初から、何より大切な目標は「10年間続けること」だと言い続けた。

 難しい目標ではありましたが、当時はチャリティーが乱立していた。10年は確実にやりますと言うのは、人から信用を得るための方法でもありました。被災者の方々の苦しみは、いつ終わるのかわからない。いつまでやったら支援をしたと言えるのか、漠然とした状態では始められなかったということもあります。

 2021年で目標の10年を迎える。tovoの活動は当初からの約束通り、今年6月で終了する予定だ。

 10年たったからといって、震災が終わるわけではない。若い人に活動を継承してもらうなど、別の形でもいいからいろいろな人が活躍してくれたらとも思います。そのためにも、tovoでは5年前から、あしなが育英会のファシリテーター(心のケアをするボランティア)の養成にも力を注いできました。

 自身が支援活動を10年続けてきたことを通じて、知ってほしいことがある。

 人を助けたり支援したりすることは、苦しいことではない。構えなくても、けっこう簡単にできることだと知ってほしい。10年前と違って、今は何かあってもすぐに「助けましょう」という声がSNSであがりますよね。東日本大震災を機に、みんなが試行錯誤した結果ではないでしょうか。(聞き手・吉備彩日)

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 おやまだ・わしょう 青森県五所川原市出身。関東の大学院を修了後、玩具メーカー勤務などを経て、2018年に実家の法永寺の住職に。11年にボランティア団体「tovo」を設立してチャリティーグッズのデザインや販売を手がけ、震災遺児の支援を続けてきた。