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 元税務課職員が、世界遺産登録に挑んでいる。

 滋賀県彦根市のシンボル国宝・彦根城。姫路城(兵庫県姫路市)と同時に国内最初の候補となったのは29年も前の話だ。

 5層6階の天守を持つ姫路城はすぐ登録されたのに、3階建ての彦根城は万年候補。難しい任務の最前線に立つのが、彦根で育った鈴木達也さん(34)だ。

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 2009年に行政職として彦根市に採用された。税務課に配属され、担当は固定資産税。新築の家屋調査で市内を回り、パソコンにデータを入力した。年間200件分になった。

 一方でもう一つの顔がある。休日は、仲間とともに彦根の町歩きマップを作り、町歩きのガイドツアーをする活動を始めた。

 小学生の頃から歴史が好きで、静岡大ではNHK大河ドラマの時代考証をする歴史学者、小和田哲男さんのゼミに所属した。全国の城200カ所を鉄道で巡ると、気づかぬうちに彦根城と比べていた。地元を意識したことが、市職員になるきっかけだった。

 町歩きの活動は庁内で知られるようになった。上司から声がかかった。

 「君も、世界遺産の庁内会議に出なさい」

 文化財に詳しいメンバーの中、税務課の自分は場違いのように思えたが、数カ月後には登録をめざす部署に抜擢(ばってき)された。

 当時、登録への道筋は暗礁に乗り上げていた。理由は姫路城の存在だ。似た遺産は難しいとされた。城下町や琵琶湖と絡めてみたが、決め手に欠けた。

 姫路城の登録理由を一から調べた。「木造建造物の傑作」「城郭建築の最高点」と評価されていた。一方で「江戸時代の封建制を象徴する」の項目は認められなかった点に気づいた。

 ならば、彦根城に「江戸時代の政治体制をあらわす物証の代表例」としての価値を見つけよう。役に立ったのが、学生時代に巡った数々の城と税務課で鍛えた情報処理能力だ。

 江戸時代の幕藩体制で、各藩は城を拠点に社会を築いた。その統治の中核として天守▽城主の御殿▽重臣屋敷▽大名庭園▽藩校の5資産に着目した。全国200カ所を丹念に調べ、文化財の状況を点数化すると、彦根城が最高点となった。

 姫路城にはない彦根城の価値が見え始めた。

 県と彦根市は昨春、登録に向けた推薦書の原案を作った。県の彦根城世界遺産登録推進室に出向した鈴木さんは、推薦書の要ともいえる「資産の説明」と「価値の証明」を任されている。

 「この仕事に人生を賭けてるつもりです」。何度でも書き直し、前に進む。

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 鈴木さんは町歩きマップを作る際、築100年の登録有形文化財の洋館が取り壊される予定と聞いた。現地で残すのが困難と知り、思い切って譲り受けた。

 当時28歳。数千万円のローンを組み、自費で解体、移築させ、自宅とした。

 「文化財なのに失われるかもしれない。そんな例を作りたくなかったんです」

 異彩を放つ行動力で24年の世界遺産登録をめざす。(筒井次郎)

世界遺産、国内の登録は23件

 世界遺産は、1972年にユネスコで採択された条約に基づき、貴重な文化や自然を人類全体の遺産として保護する制度。日本は92年に条約加盟国となった。

 年1回の世界遺産委員会で登録の可否が決まるが、2020年は新型コロナの影響で21年に延期された。

 現在の登録数は1121件。このうち日本は文化遺産19件、自然遺産4件の計23件。滋賀県内は「古都京都の文化財」の資産に延暦寺(大津市)が含まれている。

 彦根城のほか、奈良県の「飛鳥・藤原の宮都(きゅうと)とその関連資産群」なども登録を目指している。