コロナで踏み切った 大阪から高知・梼原に移住した夫妻

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 満天の星が手が届きそうなほど近い。昨年夏、標高1千メートル級の山々が連なる四国カルストを望む高知県梼原町。塚原壮太さん(31)は、妻のこなつさん(29)の傍らでふと思った。「今まで、空を見上げることなんてなかったな」

 梼原町は人口約3500人。市街地から遠い山あいの町に昨年8月、大阪市の塚原さん夫妻が移り住んだ。二人とも兵庫県の都市部出身。移住のきっかけは新型コロナウイルスだった。

 壮太さんは関西の私大を卒業後、電気設備を扱う大阪市内の東証1部上場の専門商社に就職した。主に経理を担当した。2019年9月には別の会社に勤めていたこなつさんと結婚した。

 9年間の会社員生活は、いつも疲れていた気がする。

 上司や同僚と行く週3~4回の飲み会は気が乗らない。終電を逃し、自宅には寝るためだけに帰る生活だった。「中心におったはず」という会社内の自分の立ち位置には自負はあった。だが、つまらない、何かを変えたい。そんな思いが増していく。

 ハワイへ新婚旅行に出かけた昨年3月、国内で新型コロナの感染が急速に拡大した。帰国後、勤務先の社屋の別フロアで複数の感染者が確認された。ハワイから帰国した壮太さんは数日間の自宅待機を命じられ、多くの社員も自宅でテレワークを始めた。

 自宅での仕事は快適すぎた。毎朝スーツに着替える必要がない。リラックスした私服で過ごす。「職場」はリビングの机。昼食はこなつさんの手料理を自宅で食べる。

 終業間際に電話で業務を振られることもない。午後5時15分の定時で仕事を切り上げ、残る時間はこなつさんと買い物に出かけ、趣味の読書も存分に楽しんだ。二人の生活が重なることが何よりも心地よかった。「一緒に過ごす時間が増えてうれしい」と、こなつさんも喜んでくれた。

 だが、そんな生活も長くは続かない。約2週間後には決算の仕事が佳境に入り、再び出社を命じられた。パソコンさえあれば自宅で仕事はできるのに。またラッシュ時の通勤が始まると思うと憂鬱(ゆううつ)になった。

 住環境も気になっていた。大阪市浪速区の自宅マンションは家賃10万円の1LDK。周囲の高速道路は騒音が激しく、深夜から早朝にかけて酔っ払いが周辺をうろつく。こなつさんもストレスから出るじんましんに悩んでいた。

 「地方に移住しよう」と決意した壮太さんは、会社に退職届を出した。オンラインの移住相談イベントに参加し、それぞれの実家に近い中四国地方を中心に探し、移住支援に手厚い梼原町に決めた。

 政府が全国で県外への移動自粛要請を解除した昨年6月、梼原町へ見学に訪れた。コロナ禍では都市部からの訪問者は地元に嫌がられるのでは、と心配した。だが町の人たちはみんな「若い人が来てうれしい」「来てくれてありがとう」と声をかけてくれた。

 梼原町は、移住者にリノベーションした空き家を月1万5千円で貸し出している。夫妻の家は、町役場まで徒歩約10分の3LDK。布団を2枚敷いても余裕のある畳の部屋が寝室で、睡眠も快適だ。町内には、世界的建築家・隈研吾さんが手がけた木造建築の図書館やホテルが並ぶ。

 暮らしは一変した。鳥のさえずりで目を覚ます。近所の人が大根や白菜、ユズを持ってきてくれて、煮物や鍋の作り方を教わる。冬に雪が積もる梼原町で必須のストーブも近所の人が譲ってくれた。

 移住後、動画投稿サイト「ユーチューブ」のチャンネルを開設した。就職はせず、今は撮影と編集をするのが日課だ。ウェブを使った新しいビジネスも始めようと模索している。

 移住するまで、二人とも高知県を訪れたことは一度もなかった。家族や同僚からは、行ったこともない地域で暮らすのは無謀だと心配された。でも、これまでのように決められたレールの上を走らされる生活はしたくない。そんな思いを最後は理解してくれた。

 「新しいことに挑戦し、人生を豊かにする可能性が地方にはある。新型コロナがそう気づかせてくれた」加藤秀彬

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