拡大する写真・図版私は忘れない 2011年原発事故

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 TVドラマ「木枯し紋次郎」で知られる俳優、中村敦夫さんが、原発事故を題材とした朗読劇「線量計が鳴る」の公演を続けています。少年時代、福島県に住んでいたそうです。俳優だけでなく、情報番組のキャスターや国会議員、作家、脚本家としても活躍。東京電力福島第一原発事故の後、「表現者として、だんまりを決め込むわけにはいかない」と、この朗読劇の脚本を書きあげ、2016年から公演を続けています。100回突破も目前です。「怒り」から続けていると語ってくれました。

 やりとりの前に「線量計が鳴る」を簡単に紹介します。劇は老いた元原発技師による独白(モノローグ)の手法を取ります。福島県の双葉町に生まれ、原発で配管技師として働くものの、不正を内部告発してクビに。飯舘村で余生を過ごしていた時に原発事故が起きます。人生を振り返るなかで、原発が立地される仕組みや利権にぶらさがる「原子力マフィア」の存在などを描きます。中村さんが自ら取材し、集めた話が基になっているそうです。舞台では約2時間、福島弁で一人演じます。脚本は「而立(じりつ)書房」から同名のタイトルで出版されています。

 ――最初に、執筆の経緯を伺います。本のまえがきに「原発事故は戦争に匹敵する大惨劇。表現者として、だんまりを決め込むわけにはいかない」と書かれていますね。

【連載】私は忘れない
 私は忘れない――東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から2021年3月で10年。いまも原発事故に絡んで発信を続ける著名人がいます。何を訴えているのか。理由はどこに。それぞれの思いを聞きました。

 「事故は想定外でした。自分が生きている間に起きるとは思わなかった。もう自分は政治家を引退しているが、どうしたらいいだろうと。自分の知識がばらばらに広がり、まずは整理をしたいと。

 それで福島に何回か行き、被害を受けた方々から話を聞きました。自殺された方の、その現場にも行きました。原発事故の被災地は(放射能の)色がついているわけではない。だけど線量計で測ると高い。(脳裏に)絵が浮かびました」

 ――朗読劇にたどり着いたのは?

 「自分には、『ジャーナリスト魂』もあるのか事故の本質を伝えたい。だけど、どういう方法がいいかと悩んで……。最初はオペラをやろうかと思ったんですよ。でも、何年かかるかわからない。一人で書き、一人で演じるのならできるだろうと。言葉だけで事故のインパクトを伝えようと思ったのです」

 ――執筆・朗読は福島弁ですが、困りませんでしたか。

 「私は1940年、東京生まれです。おやじが読売新聞の記者で、空襲があるという情報から4歳の時、父の実家がある福島県に疎開しました。明くる年に終戦になり、そのまま小学校に入ったわけです。高校1年の途中で東京に戻るのですが、いわき市(当時は平市)はいちばん感性が鋭い時期に友達と遊んだ所ですから、私にとっては第二のふるさとでしょうね」

 「脚本は2回ほどの完成稿があるんです。標準語で書いたんですが、読むとぴんと来ない。大学の先生が教えているみたいで。

 ふと福島弁に直したらどうかな…

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