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 【香川】戊辰戦争のさなか、旧徳川幕府側だった高松藩を、尊王派につくよう説得した儒学者がいた。現在の高松市塩江町で幼少期を過ごした藤沢南岳(なんがく)(1842~1920)だ。昨年が没後100年で、その生涯や作品を紹介した企画展「藤澤南岳没後100年祭」が高松市香南町の市香南歴史民俗郷土館で開かれている。

 南岳は現在の東かがわ市引田で生まれ、塩江で幼少期を過ごした。同じく儒学者の父が大阪に設立した泊園書院(現在の関西大学)で儒学や漢詩文を教えた。

 1868年、高松藩は鳥羽・伏見の戦いで旧幕府側につき、尊王派から敵対視された。高松に戻った南岳は藩の重鎮らを説得し、藩主の松平頼聡は尊王派に転換することを決めた。結果として藩に攻め入られる危機を回避したとされる。

 学芸員の杉山有美さんによると、南岳は漢詩や書が得意で、交友関係も広かった。大阪の通天閣や小豆島の寒霞渓を命名したことでも知られている。

 企画展では、南岳やその父子が記した漢詩の掛け軸やびょうぶなどを展示している。杉山さんは「作品を通して南岳への理解を深めて欲しい」と話している。

 11日まで。開館は午前9時~午後5時。入場無料。(木下広大)

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