デジタルの世界から転身、起業 伝統工芸の海外発信へ

佐藤秀男
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 【京都】スイス最大の都市、チューリヒから車で約40分。緑豊かな町で小山汀奈(ティナ)さん(36)は生まれ育った。スイス人で建築家の父は京都に留学中、建築事務所で働いていた日本人の母と知り合い、結婚。その後、海を渡った母は、現地の雑貨店向けに日本の伝統工芸品のバイヤーをしていた。

 母との会話はいつも日本語で、玄関には生け花が飾られていた。家庭料理和食。食器や盛り付けも和風にこだわっていた。遠く離れて暮らしていても、日本、そして京都は身近な、憧れの地だった。「ある意味、日本の家庭よりも日本的だったんじゃないかな」

 母が日本へ買い付けに行くとき、一緒にものづくりの現場に足を運んだ。「後継者がいない」「自分の代で終わりだ」。職人たちの話を聞くたび、「もったいない」と感じていた。

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 花瓶や茶わん、茶器――。小山さんが昨春設立した会社「Pieces of Japan(ピーシズ・オブ・ジャパン)」(POJ、京都市下京区)は、日本の職人が手がけた工芸品などを海外向けに販売している。

 商品は3タイプ。「技(Waza)キット」シリーズは、購入者が動画を見ながら「金継ぎ」や「拭き漆」「絞り」などを体験できるセットで1万5千円前後。「黒(Kuro)」は作家の一点物や、作れる職人が少なく、大量生産が難しい限定品などを扱う。「白(Haku)」は5千円~3万円程度と比較的手頃な値段に抑えている。

 購入者の7割近くはアメリカ在住で、欧州や東南アジアにもファンがいる。最も高価な商品で約45万円のものもあるが、売り上げは毎月伸びているという。

 売りにするのは「物」ばかりではない。職人たちが長年培ってきた技術や受け継いできた思いなど、作品の裏側にある「物語」を伝えることも重視している。日本の伝統文化をより深く知ってほしいからだ。

 これまでに、京都府宇治市で400年以上続く窯元「朝日焼」の当主、十六世松林豊斎(ほうさい)さんや、大津市の木おけ職人への取材を10分前後にまとめたドキュメンタリーを英語で配信した。プロの映像作家やカメラマンに撮影を依頼。小山さん自身もスイスの大学でデザインを専攻した知識や経験を生かし、取材に必ず足を運ぶ。

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 この仕事に人生を賭けよう。そう決意したのは数年前。米シリコンバレーツイッター本社で、顧客のニーズを探り、アプリやシステム開発に取り組んでいたころだ。6年近く滞在したが「デジタルの世界にどっぷりはまってずっとスクリーンを見ていると、体の奥底のほうから、手で触れられる『いい物』を置きたいって感覚になるんです」。

 シリコンバレーに日本好きは多い。日本の工芸品はシンプルで実用的だと人気だが、情報は圧倒的に少なかった。デジタルとは正反対にあるものづくり。その素晴らしさを海外に伝えることこそ、日本にルーツを持ち、日本語を話せる自分がすべきことだと思えた。

 ニューヨークでアートディレクターをしていた同世代の塚本はなさんと意気投合し、ものづくりの伝統が今も息づく京都で会社を作った。大学を出た後、知り合った京都生まれの夫とは、いずれ京都に帰ると決めていた。「職人の仕事を次世代につなげる」。会社の最大のミッションだ。

 金継ぎキットなどを共同で開発した堤浅吉漆店(下京区)の4代目、堤卓也専務(42)は「我々にない発想で伝統産業の将来を真剣に考えてくれている」。今後もPOJと新たな仕掛けを考えていきたいという。(佐藤秀男)

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 Pieces of Japan(ピーシズ・オブ・ジャパン) 昨年4月に設立。伝統工芸のオリジナル商品を職人らと共同で開発し、ネットを通じて海外向けに販売する。日本の優れた技術を、欧米を中心とする世界に発信することで、次世代の職人の育成や伝統工芸のブランド価値の向上を目指す。将来はロサンゼルスやニューヨークなど、海外に実店舗を置くことも視野に入れている。