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 ブランド西洋ナシの「ル レクチエ」。国内で初めて栽培された地は約120年前の新潟県だった。「幻の洋梨」との異名があるほどその栽培は難しく、安定した生産や品質にたどりつくまでには長年を要した。なめらかな食感や甘みを味わえるようになるまでに、どんな努力があったのか。

 1902年、茨曽根村(現・新潟市南区)の庄屋・小池左右吉(さゆうきち)はロシア・ウラジオストクにいた。自身も農家として栽培していた日本ナシが、景気が悪い国内では思うように売れなかった。販路を海外に見いだし、たびたび現地に足を運んでいた。しかし、輸出しても清国産のナシに押され採算が合わなくなっていた。

 ある日、現地の露店で高値で売買される西洋ナシが目にとまった。縦長の変わった形。手に取り、その味わいに魅了された。帰国後、34種類の西洋ナシの苗木をフランスから取り寄せた。そのなかにラ・フランスやバートレット、そしてルレクチエがあった。

 03年ごろ、左右吉が新潟で栽培を始めたルレクチエが日本で初めて実をつけた。だが、順風満帆にはいかなかった。簡単に落果し、せっかく実をつけても収穫を控えた秋に台風で落ちてしまう。

 栽培方法は十分に研究されず、安定した生産につながらなかった。今では実が堅いうちに収穫し、甘みや香りを出すために約40日間、追熟して出荷するが、当時は食べ頃がいつなのかわからない。「桃栗3年、柿8年、ルレクチエのろくでなし18年」と農家は栽培の困難さを嘆いた。こうした経緯は「新潟県園芸要鑑」「ル レクチエ物語」に詳しい。

 その後も、市場では十分に流通…

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