あこぎな男は悪人か、孝行者か 語源の海岸に2つの物語

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佐々木洋輔

拡大する写真・図版平治伝説が残る阿漕浦海岸。結婚式用の撮影だろうか、ウェディングドレスの女性らがいた=2020年10月5日午後2時8分、津市津興、佐々木洋輔撮影

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 あこぎなやつ、あこぎな商売。「強欲」「あくどい」といった意味で使われる「あこぎ」の語源は、津市中心部の海岸「阿漕(あこぎ)浦」に伝わる物語に由来する。その昔、伊勢神宮の神域だった阿漕浦で密漁が見つかり、海に沈められた男がいたそうな。一方、地元では、この男は親孝行のために禁を破ったとも伝わる。極悪人か、孝行息子か。地獄で鬼の責め苦を受け続けるといわれる男の物語を読み解こう。

 「昔々、阿漕浦の漁師で平治ちゅう男がおりましてな」

 津市の名所史跡を案内する安濃津ガイド会の高森孝一(たかいち)さん(85)は、平治をまつる阿漕塚(津市柳山津興)で語ってくれた。

拡大する写真・図版平治をまつる阿漕塚で平治伝説を語る安濃津ガイド会の高森孝一さん=2020年12月26日午前11時47分、津市柳山津興、佐々木洋輔撮影

 病気の母親を持つ漁師の平治は「病気には阿漕浦で捕れるヤガラという魚がよい」と聞く。病で日に日に衰弱していく母親を前に、平治は決心を固め、禁漁区である阿漕浦に夜な夜な舟をこぎ出す。ヤガラを食べさせたことで母親の体調は少しずつ回復するが、浜に「平治」と書かれたすげ笠を置き忘れたことで、密漁が露見する。

 捕らわれた平治はす巻きにされ、阿漕浦の沖に沈められる。その後、夜になると阿漕浦から泣き声や網を打つ音が聞こえ、その音を聞いた者は病気になった――。

 地元住民でつくる「阿漕平治保存会」は毎年、平治の孝をたたえ、その霊を慰めるため、平治が処罰されたと伝わる8月16日夜、阿漕塚で供養を捧げてきた。

 この平治伝説は江戸中期以降、浄瑠璃などで演じられ全国に流布した。ただ、この話からは、悪い意味で使われる「あこぎ」の意味合いは伝わってこない。

拡大する写真・図版津ヨットハーバーから望む阿漕浦海岸。穏やかな海を朝日が照らした=2020年11月10日午前9時30分、津市柳山津興、佐々木洋輔撮影

 一方、室町時代に作られた謡曲(能)「阿漕」の筋はかなり違う。

 伊勢神宮へ参拝に向かう旅人…

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