朝原宣治さんと考える西田幾多郎 五輪リレーの純粋経験

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構成・小林正典
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 2020年、哲学者で京都帝国大教授を務めた西田(にしだ)幾多郎(きたろう)(1870~1945)の生誕150年を迎えた。難解で知られる西田哲学を現代の事例でとらえ直そうと、北京五輪メダリストの朝原宣治さん(大阪ガス)、ゴリラ研究で知られる前京大総長の山極寿一さん、西田哲学が専門で京大教授の上原麻有子さんに、スポーツや身体を切り口に、京大楽友会館で語ってもらった。

拡大する写真・図版西田幾多郎哲学について話し合った(右から)山極寿一・前京都大総長、元陸上選手の朝原宣治さん、上原麻有子・京都大文学部教授=2020年12月3日、京都市左京区の京大楽友会館、筋野健太撮影

西田幾多郎

1870年、現在の石川県かほく市で生まれた。東京の帝国大学選科を出て、石川の尋常中学校七尾分校や第四高等学校などで教え、1910年に京都帝国大学文科大学の助教授に。11年に『善の研究』を出版して話題になった。西田の影響で、京都には田辺元や三木清ら優秀な哲学者らが集まり、「京都学派」と呼ばれるようになった。生誕150年の2020年は、『人間・西田幾多郎』(藤田正勝著、岩波書店)、『西田幾多郎 生成する論理』(氣多雅子著、慶応義塾大学出版会)など研究書も多く出された。

 ――朝原さんは2008年北京五輪の陸上男子400メートルリレーでアンカー。どんな心境でしたか。

 朝原 その時走った100メートルの記憶は、ほとんどない。集中し、我を忘れて走る状態をよくアスリートが「ゾーンに入った」と言うが、そんな感じだった。僕には昨日と今日の自分が細胞レベルで同じか分からないという不安があり、練習後に「今日の感覚メモ」を書いて翌日に引き継ぎ、成果を高めようとしてきた。でも、あの時は自分が進んでいる感覚がなかった。不安も気負いも意識せず、勝手に走り出す状態だった。

拡大する写真・図版元陸上選手の朝原宣治さん=2020年12月3日午後、京都市左京区、筋野健太撮影

 ――ゴール後、バトンを放ったのが印象的でした。

 朝原 普通は、今は60メートル地点を走っているとか、100分の1秒差でも勝ち負けはだいたい分かる。でも北京五輪ではゴール後すぐには勝敗が分からず、電光掲示板で確認した。3着(注・後に2位に繰り上げに)と分かり、わーっとなってバトンを投げた。前日はプレッシャーで押しつぶされそうだった。でも、最後の最後はもう、自分がコントロールできることなんてほぼなくて、もう「諦め」のような心境だった。「必ずメダルを取る」という強い意志が消えてしまうほど没頭していた。

 上原 朝原さんの経験は、西田が言う「純粋経験」に当てはまる。西田は『善の研究』で純粋経験を「例えば一生懸命に断岸を攀(よ)ずる場合の如(ごと)き、音楽家が熟練した曲を奏する時の如き」と説明した。何も考えることがない。環境と一体になっている。よじ登るしかない。そんな経験だ。朝原さんにとっては、強靱(きょうじん)な意志で努力を積み上げて到達した頂点のような瞬間の状態のことだろう。その時にすばらしい結果が出る。西田は「動物の本能的動作にも必ずかくの如き精神状態が伴(ともの)うて居るのであろう」とも言っている。

純粋経験

主観と客観とを分け、主観によって客観をとらえる西洋哲学に対し、西田は東洋思想を取り入れ、主観と客観とに分かれる前の「無」のような精神状態を純粋経験とした。

 山極 僕はゴリラなどの動物と付き合っているから、よく分かる。身体は自然に属し、自然は言葉では言い切れない。西洋哲学では、人間を、頭で考えて身体を動かす中枢神経系の動物だと考えてきた。デカルトのいう「我思う、ゆえに我あり」のように。しかし、頭で意識せずに体が反応するプロセスがある気がする。自然界では過去と同じことは絶対に起こらないが、経験値が身体化されていれば対応できる。

拡大する写真・図版山極寿一・前京都大総長=2020年12月3日午後、京都市左京区、筋野健太撮影

 朝原 私はいろいろな選手を教えているが、小学生は目から入る情報がほとんどなので、見本を見せて「こうしてみて」と言うのが早い。一方、中学生以上になると「これはこういうことで、こういう形でやらないといけない」という風に言葉で教える。ただ、試合では、言葉に基づいて「こうやって動こう」と思うと、速く動かない。どうやって1歩目、2歩目を出そうかと考えていると、絶対に遅れる。なので、僕は「映像」としてイメージを描いている。「映像」だと遅れない。

 山極 西田が考えた身体は「…

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