すべての人に心休まる住まいを 生保辞めて起業
【京都】大手生命保険会社に勤めていた松本知之さん(41)が、初めて人に住まいを貸したのは10年前。当時の上司から買った東京・新宿のワンルームマンションだ。
入居者を探すため、不動産会社を回った。ある不動産会社から紹介されたのは身寄りがなく、生活保護を受けていた70歳の男性だった。劣悪な住まいから出たがっていた。行政が引っ越し費用を補助するのは一度きり。男性にとって「最後の引っ越し」となる。「孤独死」が頭をよぎった。
家賃は入らず、「事故物件」として、次の借り手は見つかりにくくなる。悩んだ末、「困っている人の助けになれば」と貸した。
数年後、男性はこの部屋で亡くなった。ただ、「属性」を理由に、住居を借りにくい人が多くいる現実を知った。安く快適な住まいを提供し、長く住んでもらえれば事業として成り立つ。そんな仮説を立てた。
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その後も物件を少しずつ買い足し、2年前に会社を辞めて独立した。金融機関からの融資やファンドから資金を調達し、首都圏や京阪エリアで約50軒を自社で所有。家賃滞納やトラブルの恐れから、一般的な不動産会社が敬遠しがちな生活困窮者らに貸す。主な入居者は「単身の高齢者や母子家庭の方々、それに生活保護の方も2、3割はいます」。
契約時、連帯保証人を求めない。生活に困っている場合は「保証人もお金に困っていることが多く、意味をなさないから」。
なぜ、それで事業として成り立つのか。
目をつけるのは「空き家」だ。親や配偶者から相続したものの、使われていない物件を買い取る。関西では築40年ほどたった戸建ての長屋、3DKタイプが多い。リフォーム代込みで350万円程度で購入し、月4、5万円台で貸す。
リフォームは最低限にとどめる。ネットの掲示板やホームページで入居者を募る。そうすれば、自社も入居者も、仲介手数料を払わずにすむ。振込手数料の負担が重い人には、家賃を直接取りに行く。何度も顔を合わせれば信頼関係が築け、トラブル防止にもつながる。実家がある京都府京田辺市を拠点にしているのも、無駄な経費を省くためだ。保険を活用すれば、原状回復の費用などをカバーしてくれ、孤独死のリスクを軽減できる。
大阪府門真市の50代主婦は、夫と30代の娘2人、それに犬2匹とリノベーターの物件で暮らす。夫の給料は減り、コロナ禍で娘は派遣切りに遭った。家賃は月4万2千円。「建物は少し古いが、家賃は今の私たちにはありがたい。水漏れした時は松本さんがすぐ修理してくれた。娘の仕事も『知ってる人に聞いてみようか』って心配してくれる。すごく助かってます」
リノべーターに3千万円の助成を決めた社会変革推進財団(東京)の青柳光昌専務理事は、入居後も困り事をフォローしているなど「ソーシャルワーカー的な役割も担っている点を高く評価した」と語る。
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コロナ禍も「立場の弱い人たちから収入が減っている」。行政の手が行き届かない社会課題を、公費に依存せず、民間資金で解決を図る。「収益を上げるには課題を解決しないといけない。課題を解決すれば収益は上がる。ベクトルが同じところが面白い。難しいけど、チャレンジしがいがある」。2022年春までには100軒、将来は数千軒規模の物件提供を目指す。=終わり(佐藤秀男)
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子どものころ、父親が営む自動車部品の町工場が倒産し、苦労する姿を見て育った。苦学の末、大学では学費の減免を受けた。
そんな家庭環境がきっかけで、事業を始めたわけではない。けれど、なぜ、続けられるのか突き詰めると「原体験が絶対にある」。裕福な家庭で何不自由なく育っていたら、困っている人を見ても何も思わず「搾取する側に回っていたかもしれない」とさえ思う。
住まいを求めている人たちが、かつての父や母、そして幼い自分の姿に重なって映っている。
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リノベーター 2011年、サラリーマン時代に個人事業主として生活困窮者向けの不動産賃貸を開始。18年5月に京都府京田辺市で法人化した。首都圏や京阪エリアで、低価格で物件を取得。リフォームなどをし、単身高齢者や外国人、母子家庭や生活保護を受けている人たちに貸す事業を展開している。
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