池波正太郎に酷評されたが… 逢坂剛、告別式で流した涙

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小北清人
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 「百舌(もず)シリーズ」「禿鷹(はげたか)」シリーズなど数々の小説を世に出してきた作家・逢坂剛。かつて、時代小説の名手・池波正太郎から受けた厳しい評価が忘れられないという。挿絵画家だった父・中一弥とともに親子2代で世話になった池波は、没後30年を経てなお、大きな存在だ。今も背後にその厳しい視線を感じるという。

おうさか・ごう 1943年、東京都生まれ。中央大学卒。80年「暗殺者グラナダに死す」でオール読物推理小説新人賞を受賞し、作家デビュー。「百舌シリーズ」「禿鷹(はげたか)シリーズ」など著書多数。最新作は「鏡影劇場」。

 スペインに想を得た小説「カディスの赤い星」で1986年下半期の直木賞を受賞したとき、選考委員のなかでも特に褒めたのが、池波正太郎だった、と後に編集者から知らされ、驚いたことをよく覚えている。「池波さんの自分への評価はいつも厳しい」と感じていたからだ。

 本当に池波は評価したのか。正直、半信半疑だった。

 だが雑誌掲載の選評で池波は「まさに直木賞のあたえどき、受けどきといってよい」と激賞していた。受賞パーティーでは「おめでとう、よかったな」といかにも池波らしいシンプルな祝いの言葉をくれた。

「もう少し、がんばんなさい」と池波邸で

 父の中一弥は「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛人・藤枝梅安」と池波の3大シリーズの挿絵を描いた。自分の75年の結婚式の仲人も引き受けてくれた池波の自宅への年始のあいさつは、親子の定例だった。

 広告会社に勤めながら小説を書き始め、79、80年度の小説現代新人賞の最終選考に残った。だが選考委員である池波の評は「リアリティがなかった」などと厳しく、落選。そのころ、「もう少し、がんばんなさい」と池波邸で聞いた記憶がある。「これでくじけるなら作家になどなれない」と肝に銘じた。

 80年の作家デビュー後、「…

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