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 2015年に分裂して以降、対立抗争が続く山口組と神戸山口組(本部・ともに神戸市)が、特定抗争指定暴力団に指定されて1年が経った。

 兵庫県内では5市で、双方の活動が大きく制限されているが、昨年11月には住宅街で銃撃事件が起きた。

 33年前、分裂抗争に巻き込まれ、一時重体となった兵庫県警の岡田智博警視(56)=灘署副署長=は、心の備えの重要性を現場の警察官たちに説く。

サングラスの男に

 岡田さんが銃撃されたのは1988年5月14日未明。山口組と、分裂した一和会(89年に解散)との「山一抗争」は、収束に向かいつつあるとみられていた。当時は24歳の巡査。配属先の東灘署の管内には、一和会の会長宅があった。

 「あの夜は、しとしとと雨が降っていました。静かな住宅街にある阪急御影駅(神戸市東灘区)前の交番で当直勤務でした。酒に酔った男性を保護するなど、その夜は普段よりも少し忙しかった」

 「バイクでパトロール中に無線が入った。『高級車が一和会会長の自宅付近を走っている。職務質問の対象に』と。付近を探してみましたが、それらしき車は見つからず、警戒のため会長宅前に向かいました」

 「ある時期までは、機動隊員ら約10人が会長宅前で抗争を警戒していました。でも事件の頃は、巡査2人が乗るパトカー1台だけ。『山口組と一和会が和解し、抗争が終結する』との情報が出回り、気持ちに緩みがありました。いま思えば、油断していたのだと思います」

 岡田さんは午前2時半すぎ、会長宅前のパトカーの運転席に座った。助手席に後輩巡査、後部座席に先輩巡査の計3人だった。

 「『高級車なかったか』『ないな』。そんな会話を覚えています。午前2時40分ごろ、東灘署に向かおうとした矢先、パトカーの後方から数人の男が走ってくる足音が聞こえました。『お前らどこ行くんや!』。先輩巡査が声を張り上げ、振り返った瞬間、運転席の窓の外にサングラスの男が立っていました」

 「その男が『うぉりゃー!』と…

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