興福寺旧境内の瓦窯、奈良時代から使用?県が現地保存へ

渡辺元史
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 奈良県文化財保存課は、2017年に県庁北側の興福寺旧境内で発見された登大路瓦窯跡について、奈良時代後半から使われていた可能性があると発表した。県によると、同じ場所で数百年にわたって瓦の生産を続けるのは珍しいという。県は瓦窯跡3基を含む遺構を現地保存することも明らかにした。

 文化財保存課や県立橿原考古学研究所によると、興福寺の造営に関わった瓦窯跡は文献や調査などで3カ所で確認されている。登大路瓦窯跡では、17年の調査で奈良時代のものとみられる瓦が見つかっており、古代興福寺の諸記録を記した興福寺流記にある「西瓦屋(にしのかわらや)」の可能性があるという。

 平安中期の火災後の再建を記録した「造興福寺記」でも境内の窯で瓦を焼いた記述が残っていたことなどから、当初は平安時代以降に使われていたと考えられてきたが、一連の調査で8世紀中期から12世紀後半ごろの長期にわたって興福寺に瓦を供給していたと結論づけた。

 登大路瓦窯跡は、隣接する県立美術館の別館の建設計画に伴う調査で発見。県は図面などの記録で保存する方針だったが、現地保存を求める声が上がり、興福寺の瓦作り体制を知るうえで重要な遺構と判断したため、現地保存を決めたという。公開や現地保存の方法などは今後検討するという。(渡辺元史)