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 昨年12月26日未明、無数の光が広がる東京を飛び立ち、記者は岩手県釜石市の沿岸部に向かった。山々と海に挟まれたまちに、ぽつぽつと明かりがともり、白い防潮堤がそびえる。佐々正弘さん(73)、順子さん(74)夫妻の自宅は、かつてそこにあった。

 2人は約80キロ離れた盛岡市で暮らす。2月には市内の真新しいアパートに引っ越す。災害公営住宅約3万戸のうち、津波被災者向けで完成が最後となった4棟の一つだ。正弘さんは「最後のすみかになるという覚悟はできた。前向きに生きていこうと思っている」と話す。

 釜石の空気は潮の香りがした。毎年、2階の寝室から2人で並んで初日の出を眺めた。息子夫婦や孫は海水浴や釣りを楽しみ、魚を一緒に食べた。

 あの津波の後、順子さんの母は体調を崩してヘリで盛岡の病院に運ばれ、入院した。介護や仕事の事情もあり、順子さん夫婦も盛岡に移った。釜石の知人も多くがよそに移り、地域と暮らしの先行きに不安を感じた。盛岡は買い物も便利で、ここに住む息子や孫に会いやすい。

 すぐ戻りたかった釜石が、遠くなっていった。

 順子さんは言う。「10年近く…

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