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 【山形】2011年3月11日の東日本大震災直後、住んでいた福島市から、東京や新潟など避難先を転々としました。同月末ごろ、葬儀のため、新潟から福島に戻る途中、長井市内のコンビニで買った新聞で、避難者を米沢市で受け入れてくれるという記事を見つけました。

 福島県による住宅の無償提供制度です。空き家が多かった米沢市の雇用促進住宅2棟に4月末から、福島の各地から避難した約80世帯が入居しました。

 様々な地域からの避難者は食べ物や方言も異なり、子どもが学校に行けば、地元の米沢の子どもとも習慣が違う。これでは孤立してしまうと、自治会を作り、融雪装置の故障修理などはみんなで市と交渉しました。元高校教師の経験を生かし、寺子屋を開いて子どもに勉強を教え、つながりを生み出そうとしました。

 しかし、17年3月に福島県は住宅の無償提供を打ち切りました。多くの避難者は経済的な理由から福島に戻ることを余儀なくされましたが、山形の人のつながりや食べ物のおいしさが気に入り、私のように住民票を移した人もいます。県独自で避難者への家賃補助などを手厚く講じてくれれば、人口増にもつながるのではないでしょうか。

 山形は「食」が豊富ですが、県にはその自覚が少し足りないように感じます。昨年12月の県議会に、東京電力福島第一原発の処理済み汚染水の海洋放出をしないよう求める請願を出しました。一刻を争う問題なのに継続審査になってしまいました。風評被害を含めた「食」の安全・安心を守るため、県がもっと主導的に動いてもいいと思います。

 3月に米沢市で、ウクライナの民俗楽器を弾き、「チェルノブイリの歌姫」と呼ばれる歌手のコンサートを開きます。福島からも多くの人が来て交流も生まれるでしょう。福島から避難している私たちがここにいる以上、原発事故はまだ終わっていない。それに気付き、未来を考えられる人を育む環境を、県には整えてほしいと思います。(三宅範和)

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 東日本大震災で山形県内へ避難した人は、ピーク時の2012年1月、1万3797人に上った。今年1月時点でも1578人が避難しており、うち9割以上の1441人は原発事故があった福島県からだ。

 県は避難者の支援事業として、専門家の暮らし相談会などを開く「やまがた避難者支援協働ネットワーク」の運営や、NPOと共同で立ち上げた「復興ボランティア支援センターやまがた」で情報誌の発行などを手がけている。

 避難者へのアンケートと全戸訪問も毎年実施。昨年7月のアンケートでは「困っていること・不安なこと」として、回答した世帯のうち半数以上が「生活資金」「身体の健康」を挙げていた。

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