祇園の福玉おじさん逝く 「花街文化知って」遺志は娘に

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佐藤秀男

拡大する写真・図版切通し進々堂の店先にぶら下げられた福玉をお客さんに説明する藤谷攻さん(右)=2005年12月、京都市東山区

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 師走になると、京都・祇園かいわいで見かける紅白の「福玉」。薄く焼いた2枚の餅皮を張り合わせて球状にしたもので、中には翌年のえとの置物や人形などが入っている。芸舞妓(げいまいこ)が、1年のねぎらいに、お茶屋やなじみの客から買ってもらう縁起物で、全国の花街でも、祇園のみに伝わる風習とされる。球は除夜の鐘を聞いてから割るしきたり。中にどんな縁起物が入っているかで新年の運気を占い、もらった数が舞妓たちの人気のバロメーターにもなったという。

 最近は京都出身以外の芸舞妓が増え、年末に帰省することから、配る機会が減った。テレビや雑誌などで取り上げられたことで観光客も買うようになったものの、福玉を作る店は数軒を残すのみだ。

 この福玉を20年以上にわたって作り続けた喫茶店「切通し進々堂」(京都市東山区)の2代目主人、藤谷攻(おさむ)さんが2020年2月下旬、急性心不全で帰らぬ人となった。76歳だった。

拡大する写真・図版2020年2月に亡くなった藤谷攻さんの遺影。大好きだった祇園甲部歌舞練場前に咲く桜の前で撮った写真だ=2020年12月9日、京都市東山区祇園町北側、佐藤秀男撮影

 藤谷さんは、城南宮伏見区)で見ごろを迎えたしだれ梅をバイクで見に出かけた道すがら、倒れた。その場を見た人の話では、歩くほどのスピードでのろのろ運転していたかと思うと、突然こてん、とバイクごと横倒しになったという。

 「亡くなる予兆もなければ、けがもなし。よそ様を傷つけることもなかった。(夫は)死に上手で女房孝行やなと言われました」と、妻の恵子さん(71)は言う。

年末のあいさつ回りにやって来る京都・祇園の芸舞妓にお茶屋や顧客がご褒美として手渡す縁起物「福玉」作り

 藤谷さんは季節の草花をめで、春に「都をどり」が開かれるころ、祇園甲部歌舞練場に咲く桜が一番のお気に入りだった。お茶屋でもよく遊んだという。葬儀には花街関係者が多く駆けつけた。棺を乗せた車は南座や歌舞練場など、藤谷さんが配達で通った思い出の場所を巡った。

 「大好きな芸妓さん、舞妓さ…

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