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 私は子どものころから漫画や童話が好きだ。とくに幼少期は体が弱く、病気がちな上に年に何回も入退院を繰り返していた。物心がついたころからそうだったが、それが不幸と感じたことはなかった。

 ただ、入院生活でひとつ不満をあげるとすれば、とにかく退屈で仕方なかった。入院生活は本当に退屈で、いつも天井の斑点を数えていた。

 そんな入院中にも唯一、楽しみなことがあった。母の読み聞かせだ。当時、私が入院していた小児科病棟にはプレールームという子どもたちが遊ぶ場所があった。私はそこで遊ぶほどの元気はなかったが、そこにはたくさんの童話や絵本があった。

数百冊の読み聞かせ

 母はたびたび、プレールームから本を借りてきては病室で読み聞かせをしてくれた。私はこの読み聞かせが大好きで、時間さえあれば母に「読んで、読んで」とせがんだ。本のなかの話は、たとえ実在しない世界だとわかっていても、その世界を想像したり主人公たちの感情変化に自己投影したりしていた。一冊読み終えるころには、ちょっぴり自分も成長した気分になれた。入院生活は長く、母に読んでもらった本は数百冊になった。

 なかでもお気に入りは「スイミー ちいさなかしこいさかなのはなし」という本だった。オランダ出身でアメリカに亡命した絵本作家レオ・レオニ氏が1963年に出版した。翻訳もされていて、何十年も前から学校の教科書に収録されている。

 主人公のスイミーは、赤い兄弟たちの中で一匹だけ真っ黒だった。兄弟たちは大きな魚に食べられてしまい、生き残ったスイミーは独りぼっちになってしまうといったところから物語は始まる。

 この本を初めて読んでもらったとき、スイミーと私は同じだと感じた。私にも2人の兄がいるが、障がいがあるのは私だけ。見た目も違うし、できることも少ない。ここでは絵本のオチは書かないが、人と違う見た目や体で生まれても、劣等感や孤独を乗り越えるスイミーの姿には幼心ながら心が震えた。

 私は幼少期、内向的な性格だった。どこか心の底で「どうせ自分なんて…」と決めつけていた。いま振り返ると、その理由はきっと「自分に何ができるのだろうか」と想像する力が欠けていたからだと思う。

 ただ、幼少期の入院中、母が私にたくさんの読み聞かせをしてくれたことで、たとえつらいことや嫌なことがあっても、自分も物語の主人公のように逆境でも前向きにとらえ、自分にできることをしていけば、きっと何かチャンスが生まれる。そんなマインドを持てるようになった。

親子で考える鬼滅の刃

 もちろん、人によっては、絵本や漫画のようなフィクションを好まない人もいる。でも、本は読み手によって受け取るメッセージは異なり、それをどう解釈するかで想像力は上がるし、作者の伝えたいメッセージや本質を見抜こうとする力も養われると思う。

 いま大ブームの「鬼滅の刃」では、鬼と戦う場面が暴力的で教育上、子どもに見せるべきではないと言う意見があると知った。もちろん、子どもに見せる、見せないはそれぞれだ。ただ、否定的な人に一つ考えてほしいのは「作者は子どもたちに何を伝えたいと思って、この物語をかいていると思いますか?」ということだ。

 もちろん、単純に漫画を読ませるだけでは伝えたい部分が伝わらないかもしれない。特に子どもの場合、どうしても戦いのシーンや主人公の技の格好良さのように描写が派手な部分に目がいきがちだ。

 では、鬼滅の刃のメッセージ性を子どもたちに意味合いを持って、学んでもらうにはどうしたらいいのか。それは親が子どもにもわかりやすいように説明しながら、「主人公の炭治郎は何のために、そして誰のために戦っているのか」を一緒に考え、教えてあげる必要があると思う。鬼滅の刃に限らず、親から子への読み聞かせはとても大切だと思う。

 たとえフィクションでも、物語を通して「自分はこう思うが、主人公はどう思ったのだろうか」と考えることは、人間の感受性を豊かにしてくれる。物語の好き嫌いや評論はいったん脇に置き、まずは自分の想像力を働かせる癖付けをすると日常生活での発想力も増す。

 私もたくさんの物語から得た想像力のおかげでいまの自分がある。子どもの頃にたくさんの読み聞かせをしてくれた母には心から感謝している。

佐藤仙務

佐藤仙務(さとう・ひさむ)

1991年愛知県生まれ。ウェブ制作会社「仙拓」社長。生まれつき難病の脊髄性筋萎縮症で体の自由が利かない。特別支援学校高等部を卒業した後、19歳で仙拓を設立。講演や執筆などにも注力。著書に「寝たきりだけど社長やってます ―十九歳で社長になった重度障がい者の物語―」(彩図社)など。ユーチューブチャンネル「ひさむちゃん寝る」では動画配信も手がける。