[PR]

 岩手県宮古市北部に位置する田老地区(旧田老町)は何度も津波の被害を受けてきた。東日本大震災からまもなく10年。新たな防潮堤の整備は最終段階を迎えている。

 未曽有の大津波の前に、「万里の長城」と呼ばれた二重の巨大防潮堤も一部が壊れた。津波は高さ10メートルの防潮堤を乗り越え、地区では市内で最も多い181人が亡くなった。

 「壊れない防潮堤なら賛成だ」「何十億円もかけるより高台造成にお金を回してほしい」。

 震災直後、防潮堤の高さを巡って、田老地区でも賛否が分かれた。建設中の防潮堤は高さ14・7メートル。震災の津波で破壊された防潮堤よりも4・7メートル高くなったが、津波に対する住民の不安は根強い。

 「もう津波が来るところには住みたくない」。下西剛さん(59)は、震災の7年前に海の近くに建てた自宅を失った。「堤防は(避難の)時間稼ぎにしかならない。逃げれば命は助かるけれど財産は守れない」

 田老地区では、津波が届かない高台への移転も進んだ。真新しい住宅が並び、消防署や保育所なども移転してきた。下西さんもこの団地の住人となった。

ほとんど人が住まない地域に防潮堤

 国土交通省によると、県内では陸前高田市や山田町など7市町村の59区域で、高台に移転する防災集団移転促進事業が行われた。ただ、結果的にほとんど人が住まない地域に防潮堤が整備されるという事態も生じた。田老地区も震災前は住宅や商店がひしめき合っていたが、津波で浸水した地域の多くが、住居が建てられない災害危険区域に指定された。道の駅や野球場ができたが、住宅はまばら。地区を去った人も多く、震災前に約4400人だった田老地区の人口は約2800人に減った。

 「昔はあちこちにお茶を飲みに歩いていた。今はそれができない」。前沢昭一さん(72)は6年前に津波跡地に家を再建したが、周りは空き地が目立つ。「地震が起きたらとにかく逃げるしかない」。震災前より防潮堤が高くなったことで安心感が生まれ、避難が遅れてしまわないかと懸念する。

「住民に理解されたとは言いがたい」

 防潮堤は国の復興予算を財源に整備が進んだ。復興庁によると、青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉の6県で621カ所で整備が計画され、昨年9月末時点で全体の75%にあたる465カ所が完成した。県内では134カ所のうち106カ所が完成。残りは今年度中の整備をめざしている。

 一方、震災を機に防潮堤といったハード対応だけでは限界があることが改めて認識された。政府の中央防災会議専門調査会は2011年6月、数十年から百数十年に一度程度の津波(L(レベル)1)は防潮堤で防ぎ、震災のような最大クラスの津波(L2)に対しては、住民の避難を軸にハードとソフトを組み合わせる「多重防御」で減災をめざすことを提言した。

 これを受けて、県は有識者や住民の意見などを踏まえながら、過去の津波高からL1津波に備えられるよう防潮堤の高さを設定し、整備を進めてきた。

 ただ、沿岸の津波対策に取り組んできた東北大学災害科学国際研究所長の今村文彦教授(津波工学)は「多重防御の考え方が住民に理解されたとは言いがたい」と指摘する。防潮堤が住民の避難意識にどう影響しているのか調査が必要だとしたうえで、「要援護者を車で避難させるなど具体的な対策を取らないといけない。何が必要なのか、一人ひとりが自分のこととして考え、行政に求めていくことが重要だ」と訴える。(大久保泰、藤谷和広)