イノシシから学ぶ「命」 シェフ兼猟師の宮井さん

堀之内健史
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 昨年暮れの午後8時を過ぎた夜ふけ。大阪府島本町のイタリア料理店「リストランテ コンテ」に、男たちが1人、また1人と集まってきた。食事のためではない。この日の朝、近くの山でとれたばかりのイノシシをさばくためだ。

 地元でとれたイノシシやシカの肉料理をメインに提供する店だ。店主の宮井一郎さん(48)はシェフであり、猟師でもある。この日集まったのは、宮井さんらが2年前に結成した島本ハンターズのメンバーたちだ。

 店の一角に、わなにかかったイノシシが横たわっていた。「(体重)15キロくらいかな」。「脂(あぶら)少なめやね」。エンジニアの新田滉(ひろき)さん(25)と整体師の吉田広揮(ひろき)さん(30)がナイフを使い、慣れた手つきでゆっくりと皮をはいでいく。

 猟師歴20年を超える宮井さんは「手、切るなよ。脂に毛がつかんようにな」とそのつど助言する。

 メンバーらはロースやモモ、ヘレ、タンなど部位ごとに肉を切り分けていった。「骨は煮込んでブイヨンに。腸と皮以外全部使う」と宮井さん。肉は「島本ジビエ」として販売もしており、島本町のふるさと納税返礼品になっている。

 寝屋川市育ちの宮井さんは調理専門学校を卒業後、イタリアで修業し、日本に戻って開業した。趣味は古いイタリアの料理書の翻訳という根っからの料理人だ。

 ジビエはフランス語で野生の鳥獣の肉を意味し、欧州では高級食材として知られる。客に出す食材は自らの手で得たい。宮井さんにはごく自然なことだった。狩猟免許をとり、島本町内の山林30カ所以上にわなを仕掛けている。

 島本ハンターズのメンバーは約30人。狩猟免許取得をめざす人や解体、調理の手法を学びたい人が集まっている。宮井さんの生き様にほれ込んだ人も多い。

 新田さんもその一人だ。客として店に通ううち、「命に寄り添う」に徹する姿勢に心打たれた。

 コンテでは、来店を予約しているその日になって、「来るのを1時間ほど遅くしてもらえないか」と客に電話がかかってくることがしばしばある。仕掛けたわなに動物がかかり、宮井さんが現地に向かうためだ。

 もちろん、店の営業が終わってから行くことはできる。だが宮井さんは「人間のエゴで命を軽く扱うわけにはいかない」。わなにかかった動物の苦痛を少しでも短くするのが信念だ。

 「『殺生』とは殺して生きると書く」。宮井さんが客によくこう語る。

 人は、命を殺すことでしか生きられない。だからこそ、とれた獲物は最大限にいかし、「いただきます」と感謝すべきだ。

 ただ、スーパーで売られる肉はすでに切り分けられている。そこに「命」があったことも忘れられているのでは――。

 日本人にとって、最も身近な獣肉がイノシシだ。旧石器時代から食用にされていた痕跡がある。獣肉食が禁忌とされていたとされる江戸時代も「山くじら」などと呼ばれ、食用にされていた。今でも特に西日本では、イノシシの肉をみそやしょうゆ仕立ての汁で煮込んだ「ぼたん鍋」が郷土料理として人気だ。

 「ジビエの中でも特に脂がうまい。昔の人がごちそうにしてたのがよくわかる」と宮井さんは話す。

 ただ、イノシシはわなに足が1本かかった状態でも、人が近づくとそのまま突進してくる。その必死なさまは、ベテラン猟師の宮井さんでも思わず「怖い」と思わせる迫力がある。

 自ら捕らえてさばき、調理して客に差し出すのは、そんなイノシシから頂いた命そのものだ。

 農作物を荒らすイノシシはシカとともに代表的な「有害鳥獣」とされる。環境省によると、2019年度は全国で64万頭が捕獲された。半分は利用されず、焼却処分などになった。

 命に感謝し、最大限利用する。それが宮井さんの信念だ。「みんながそんな考えになれば、世界から『むやみな殺し』はなくなるのではないか」。店に来ることが「『命』について考える機会になってほしい」。そんな思いで料理をふるまい続ける。(堀之内健史)