中国で生き抜いた「宏一少年」 葬儀場で流れた赤とんぼ

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平井良和
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 昨年の年始に国際面で掲載した連載「私は○○人」で紹介した王林起さんが、昨年11月末、肺がんで85年の生涯を閉じた。

 山形県高畠町に「渡部宏一」として生まれ、両親に連れられて旧満州へ渡った。終戦の混乱で家族5人をすべて失い、10歳で残留孤児となった。中国の養父母の愛情に報い、最期まで北京で「王林起」として生きた。12歳年上の養母も年末、追うように旅立った。

 親族から「彼が大切にした『日本』の友人として会いに来てくれないか」と招かれて参列した葬儀場には、日本の歌が流れていた。

 夕焼け小焼けの 赤とんぼ

 王さんが「山形の家の裏の小道で、僕を背負う母が歌ってくれたのを覚えている」と話していた歌だ。

 棺に眠る王さんに、娘の海燕さん(47)が語りかけた。「今度生まれ変わったら、きっと、苦しみのない人生になるよ」。そして涙の奥の目に、強い意志を宿してこう続けた。「お父さんは自由になった。もうどこに行ってもいいんだよ。日本に帰りたければ帰ってもいい。安心して。願いは必ずかなえるから」

 海燕さんは昨夏、王さんに願いを託されていた。

 「自分が死んだら、山形の先…

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