半藤さんが「絶対」を使わない理由 盟友・保阪正康さん

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 大木が倒れたよう――。12日に90歳で亡くなった作家・半藤一利さんについて、長らく親交のあったノンフィクション作家・保阪正康さん(81)はそう表現した。盟友との数々のエピソードや、私たちが継ぐべき思いを語った。

 半藤さんとはこの20年、対談や共著など仕事を通じて日常的に話をしてきたが、「自分は『絶対』という言葉を原稿で使わない」と言っていた。旧制中学のときに敗戦を迎え、「お国のために死ね」という時代から民主主義へと社会の価値観ががらっと変わるのを体験したからだ。「大東亜戦争」など戦前の価値観にもとづく言葉も使わないようにしていた。相対的にものを見る視点を明確に持っている半藤さんの生き方を尊敬していた。

 僕より9歳上の半藤さんは、昭和史の取材で旧日本軍の将官・佐官、つまり決定する側の人たちによく会っていた。一方、僕はそれより下の佐官・尉官に会っていた。半藤さんと「この人に会ったか」「会ったよ」などと話をしていると、軍が起案して決定するプロセスが浮かび上がってきた。お互い、歴史を演繹(えんえき)的にではなく、鈍重ではあるけれども、帰納的に見ていこうという姿勢で一致していた。学問の殻に閉じこもらず、人がどう生きたかを見つめていこう、と。抽象的な概念を嫌い、自分の手で触ったものだけを信用する人だった。

 一緒に取材することもあり…

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