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 長野県軽井沢町で乗客の大学生13人が亡くなり、26人がけがをしたバス事故から15日で5年を迎える。乗客の一人で重傷を負った名古屋市の団体職員の男性(25)は「バス業界を変えるためにも裁判をしてほしい」と、原因究明を強く望んでいる。

 2016年1月14日夜、首都大学東京(現・東京都立大)の2年生だった男性は、JR原宿駅近くで大型バスに乗り込んだ。同級生4人とともに参加した長野へのスキーツアー。最後部の座席に座り、ほどなく眠りに落ちた。

 翌15日未明。夢かうつつか、左右に激しく揺られた気がした。気づくと真っ暗な森の中に投げ出されていた。全身には激痛。ポケットから取り出したスマートフォンは血まみれだった。数時間、頭がうまく働かなかった。救助されて病院へ運ばれ、そのまま3日間入院した。あごを骨折し、肩は脱臼していた。全治約1カ月の重傷だった。

 病床で、友人4人のうち田原寛(かん)さん(当時19)が亡くなったことを兄から聞いた。週に何度も集まっては一緒に課題をやったり、ゲームをしたり。苦楽をともにした思い出がよみがえる。ちょっと天然で、いつも周りを笑顔にする人だった。嗚咽(おえつ)が漏れ、人目をはばからずに泣いた。

 退院後。心が傷つき、肩も元通りに動かない。徐々に部活動やアルバイトを再開したが、身が入らなかった。ぼーっとみていたテレビ番組で、ある事件の遺族が「恨んでも死んだ人は帰ってこない」と話すのを聞いた。部活の主将にもなったばかり。「現実を受け止め、前を向くしかない」。自分に言い聞かせ、次第に日常を取り戻していった。

 バス運行会社「イーエスピー」(東京都羽村市)への怒りはわかなかったが、背景に何があったのか、知りたい気持ちが高まった。報道などを見るにつけ、人手不足や低賃金といった、安全軽視につながる業界の構造が影響したと思うようになったからだ。「コロナ禍でお金が優先され、安全がおろそかにされるのではないか。なぜ事故が起こったのか、法廷で明らかにしないと本当の意味で教訓は残らないと思う」

 事故から毎年、同乗の友人とともに寛さんの命日前後に現場で手を合わせてきた。今年は新型コロナの感染拡大で見送るしかなかったが、3月の寛さんの誕生日には集まりたいと考えている。いつかは寛さんに捜査や裁判の進展を報告したい。それまで、推移を見守るつもりだ。(里見稔)

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