「運動オンチ」の少年、今は館主に 五輪で一変した人生

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斉藤佑介
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 走ればいつもビリ。「運動オンチ」とからかわれ続けた少年を変えたのが、半世紀ほど前のオリンピック(五輪)だった。大人になった少年は、「日本一小さな五輪博物館」を開いた。新型コロナウイルス禍の先行きを案じながら、この目で東京五輪を見たい、と願う。

 埼玉県川越市の住宅街。普通の一軒家の玄関の扉に、1964年の東京五輪のポスターが貼ってあった。武山正伸さん(71)が自宅に開いた博物館だ。

 居間の「展示室」には、「東洋の魔女」と呼ばれた女子バレーボールチームの直筆サインや金メダルを量産したレスリングの指導者八田一朗氏の手書き原稿、記念デザインのたばこなど数百点のグッズが並ぶ。

 武山さんは案内しながら、何度もこう言った。

 「五輪が人生を変えてくれたんです」

 青森県八戸市生まれ。教員だった父を生後すぐに亡くし、母ときょうだい5人暮らしだった。運動は苦手で、小学校の運動会の徒競走はいつもビリ。「足が痛い」「腹痛」と理由をつけ、体育はよく休んだ。

 「あの葉っぱを足にすり込むと速くなるぞ」。級友に言われ、こっそり塗った。腫れただけだった。

 60年9月。小学6年のクラスで唯一、走り高跳びで90センチを越えられず、担任の先生と放課後に練習した。片付けを終えて職員室に寄ったとき、白黒テレビでローマ五輪が流れていた。画面の中で躍動する選手たち。走って、跳んで、投げる。「アジアの鉄人」と呼ばれ、陸上の10種競技で銀メダルに輝いた台湾の楊伝広選手に目を奪われた。

 帰宅後すぐ、使い古しの白シ…

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