「母さん生きてたんやで」の涙 3人の子と歩んだ26年

有料会員記事阪神・淡路大震災

遠藤美波
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 出会いは神戸・湊川神社の春祭りだった。

 人もまばらな昼間。2人組の女子がヨーヨーの屋台で立ち止まった。店番をしていた小林祥人(ひろと)さん(65)は当時19歳。目が合った1人に声をかけた。

 「暇やったら、手伝ってよ」。その相手が16歳の直美さんだった。

 頭の回転が速く、編み物も料理も器用にこなした。4年後に結婚。4人の子どもに恵まれた。兵庫県西宮市の自宅は、いつも大騒ぎだった。

 1995年1月17日。

 寒い朝、目を覚まし、暖房のスイッチを入れた。その瞬間、ドーンと下から突き上げられ、2階が落ちてきた。

 暗闇の中でしばらくすると、「お父さん」と声が聞こえた。長男で14歳だった義人(よしひと)さんが自力で脱出していた。

 義人さんに近所の人を呼んでもらった。2時間ほどで屋根の瓦が割れ、光が差した。

 近所の人たちと一緒に土を掘り起こした。それから約2時間後、10歳だった由似(ゆに)さん、5歳だった泰樹(たいき)さんも助かった。

 最後に生後6カ月だった三男の祐太ちゃん、そして隣で寝ていた直美さんが救出された。

 隣の家に運び入れ、布団に寝かせてもらった。医師が駆けつけてくれたが、亡くなっていると伝えられた。祐太ちゃんも、目を開けることはなかった。

男手一つで3人の子を育てることになった小林さん。寂しそうな顔を見せなかった子どもたちにも、ある変化が起きていました。

    ◇

 「とにかく、子どもたち3人…

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