「私が死んでもみんなが忘れない」 もうすぐ母と同じ年

有料会員記事阪神・淡路大震災

武田遼
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 自宅から自転車で約15分。兵庫県西宮市上ケ原三番町の原田美智子さん(68)は15日、同市奥畑にある西宮震災記念碑公園を訪れた。碑には両親の名前が刻まれている。「みんな元気だよ」。そう言って、花をそっと置いた。阪神・淡路大震災から17日で26年。来月、原田さんは母親が亡くなった年齢になる。

 26年前の1月17日も、両親の無事を祈りながら、必死に自転車をこいでいた。

 早朝、原田さんは自宅で子どもの弁当の卵焼きを焼いていた。突然、突き上げるような揺れ。冷蔵庫が倒れ、食器が散らばった。父の木本安治さん(当時70)と母の房代さん(当時69)が住む市内の実家に電話をかけ続けたが、つながらない。

 「姉ちゃん、生きてるか」…

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1.17 再現/阪神・淡路大震災

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