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 子どもたちの命を守ろうじゃないですか――。神戸市総合教育センター所長の山下准史(じゅんじ)さん(59)は若い教員たちに語りかける。17日で発生から26年を迎える阪神・淡路大震災。山下さんの声は切実だ。

 「東遊園地の慰霊と復興のモニュメント。あそこに実は、私の両親と、大事な子どもたち4人の銘板も貼ってあるんです」

 今月はじめ、1年目の教諭の防災教育研修で、山下さんは約150人に語りかけた。「もう二度と大事な大事な子ども、家族の名前なんか、貼ったらいかんのですよ」。語気を強めた。

「ここにいたら自分もダメになる」

 1995年1月17日。神戸市東灘区の自宅マンションで激しい揺れに目を覚ました。歩いて1分もかからない実家に妻と駆け付けると、1階がぺしゃんこに潰れていた。

 近所の人の手を借りて助け出した母親が、「お父さんがあかん」と泣き叫んでいた。崩れた2階の床をのこぎりで取り払い、父親を引っ張り上げたが、もう息をしていなかった。

 山下さんは当時、市立御影北小で5年の担任。数日後に在校生4人が亡くなったことを知った。5年生で一番元気だった野球少年も、担任だった男子児童の双子の妹も犠牲になった。

 避難所の運営や授業の準備に没頭していたその年の6月、体調を崩していた母親も命を落とした。震災関連死だった。

 震災で助かった命さえ、救えなかった――。もっと側にいればよかったと自分を責めた。授業で震災の話になる度に涙があふれた。

 「ここにいたら自分もダメにな…

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