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 太平洋に流れ込む旧北上川の河口部に高さ7メートルの完成間近の堤防が立つ。2011年3月の東日本大震災では、川をさかのぼった津波が岸からあふれ、濁流となって宮城県石巻市の中心部を沈めた。海岸にはいま、56キロにわたって高さ10メートル近い防潮堤が連なる。高台に上らない限り、海は見えない。

 市を襲った津波は10メートルを超え、住民の40人に1人にあたる4千人近くが犠牲になった。反省から「災害に強いまちづくり」を旗印に復興が進み、景色は10年近くで一変した。

 約500人が命を落とした地区でこの春、背後の山をトンネルで貫通させた市道が開通する。山に阻まれて避難できず、多くの犠牲につながった。海辺に住む美容師の阿部和子さん(42)は「これで安心して家族で暮らせる」。94億円かかる事業費は全額、国の復興交付金が充てられる。

 市の中心部には、総延長26キロに及ぶ主に避難用の15本の道路と四つの橋が21年度にほぼ完成する。「平時なら30年かかるのに10年で済んだ」と市幹部は言う。

 石巻は最大の被災地だった。犠牲は国内全体約2万2千人の2割近くを占める。市内の住宅の半数近い約3万3千棟が全半壊した。国から投じられた復旧・復興予算は被災自治体の中で群を抜き、朝日新聞の集計では1兆9千億円に上る。その7割超はインフラの整備に充てられた。

 だが、市の中心部を上空から見ると、目につくのは空き地だ。JR石巻駅周辺を震災前の住宅地図を頼りに記者が歩くと、約3割の258の建物が空き地や駐車場に変わっていた。一帯に八つあった商店街組合は相次いで解散し、一つが残るだけだ。1年前に老舗の店を閉じた経営者の男性(59)は嘆く。

 「もともと寂しかったが、さら…

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