震災で亡くした教え子、忘れない 我が子の名前に残す

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市川由佳子
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 犠牲者の名簿に龍馬の名前があった――1995年1月17日の夜、甲府市の小学校教諭だった跡部浩一(あとべこういち)さん(58)は、担任をしている6年の児童からの電話で教え子の死を知らされた。全力で駆け抜けた命があったことを忘れまいと、名前の一部をその年に生まれた我が子に使った。阪神・淡路大震災が起きた日は特別な一日となった。

 亡くなったのは、兵庫県西宮市の小学6年生だった新井本(にいもと)龍馬君(当時11)。跡部さんが甲府市立北新小に赴任し、担任となった4年2組で1学期に学級委員長を務めた児童だった。5年生になる前の93年、西宮へ引っ越していった。

 26年前のあの日は、卒業式や中学受験の対応などに追われる慌ただしい一日だった。

 夜、6年の児童が自宅に電話をかけてきた。4年生のときに龍馬君と同級生だった子どもで、「ニュースで見た」とかつての級友の死を伝えてきた。

 龍馬君は少年野球をしていて、いつもメジャーリーグ「アスレチックス」の野球帽をかぶった男の子だった。

 「龍馬が死ぬわけないだろ」…

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