角田光代、目に浮かぶ「中野のライオン」向田邦子を語る

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構成・神宮桃子
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 「阿修羅のごとく」「寺内貫太郎一家」「父の詫(わ)び状」などで知られる脚本家、エッセイスト、小説家の向田邦子(1929~81)が飛行機事故で51歳で急逝して40年になる。作家の角田光代さん(53)にとって、向田は直木賞作家の大先輩でもある。今月始まった没後40年特別イベントの一環で作られたドキュメンタリーにも出演する角田さんは執筆において、向田作品から学んだことが大きかったという。その魅力や、自身が年齢を追い抜いても「向田邦子は、いつまでたっても大人の女性だ」と感じる理由について語った。

拡大する写真・図版向田邦子

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 エッセーに関して、私は向田さんから教わったものが一番大きいと思います。向田さんのエッセーは必ず「下から目線」で、自分が下に立つ。ちょっとした自慢のような話でも、下から目線で書いているので、自慢だと気づかないようなところがあります。エッセーの読みやすさや面白さ、何かを共有する感じは、目線がすごく重要だと思うんです。

拡大する写真・図版角田光代さん

 なぜ、向田さんがそういう書き方をしたのか。鹿児島で少女時代を過ごしたときのエッセーを読むと、そこで学んだことは向田さんの人生に影響を与えたらしい。学校にお弁当を持ってこられない子がいるとか、(友人の家に)遊びにいったら小さいおうちで貧しくてはっとする、というようなエッセーがあります。一番多感な時に、「持っている」「持っていない」ということについて、感じ入ったのではないでしょうか。持っていることの恥ずかしさや傲慢(ごうまん)さみたいなものを、知ったのではないかと。それが向田さんのエッセーや小説やドラマに、影響しているのでは。

拡大する写真・図版向田邦子が愛用した万年筆。使い込んでペン先が丸くなったものを好んだといい、友人から譲ってもらったこともあるという=東京都港区のスパイラル

 向田さんはドラマ出身の方だから、書いている場面がすごく映像的。印象として映像で内容を覚えてしまうから、自分の記憶みたいになる。こういうエッセーがあったなと思い出すときに、映像がぱっと浮かびます。

 中野を通るたびに、ライオン…

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