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 尾張地方を流れる庄内川の環境改善に取り組む市民団体「矢田・庄内川をきれいにする会」(会員約130人)が、冊子「庄内川の語り部」を発刊した。往時の川を知る高齢者ら18人から聞き取り調査した結果をまとめた。高度経済成長期の白濁水や異臭が目立った時代以前は、泳げたり、多様な魚が捕れたりする豊かな川だったことがうかがえる。

 元漁師や魚市場理事、川沿いの旅館経営者や神主らにインタビューし、A4判74ページにまとめた。

 水がきれいだった証拠として、水泳場のような場所や飛び込み台もあり、アイスクリーム屋が並んでいたという証言が寄せられた。名古屋市西区在住で1935年生まれの男性は少年時代の庄内川を「ほんとに水がきれいだった。何百人も海水浴のように泳ぎにいった」と証言。ウナギをかば焼きにしたりエビを天ぷらにしたりしていたという。

 44年に春日井で生まれた男性は「中学ぐらいまでは潜って魚を突いた。それぐらい透明だった」。一方で60年代初めの19歳の頃には水が白濁していたと説明。「奇形の魚がいた。ナマズとかコイ、フナ」と回想している。

 捕れた魚にはアユ・ウナギ・コイ・ウグイ・ボラなどを挙げる。春日井一帯には料理旅館も並び、06年ごろまでは「庄内川漁協」も存在した。春日井出身の42年生まれの男性は「昔は泳いでいる時にアユが足をくすぐるほどたくさんいた。香りもよかった。ウナギも太かった」と振り返る。

 証言からは、少なくとも終戦の頃までは、きれいで飲んだ人もいる▽終戦5年後ぐらいから汚れ始めた▽伊勢湾台風(59年)の前には汚れて臭うようになっていた▽65~69年ごろが一番ひどかった▽75年ごろからは徐々にきれいになってきた――という姿が時系列で浮かび上がってくる。

 同会は1975年に発足。行政や企業に改善を促してきた。編集を担当した間野静雄さん(51)は「泳げる時代があり、魚がたくさんいたことが鮮明になった」、本守真人さん(76)は「庄内川への関心が薄くなっている。これを機に市民に応援してもらい、水をきれいにする政策を行政は進めてほしい」と話す。

 冊子は学校や官公庁に配ったほか、無料配布している。310円切手を貼った返送用の角形2号封筒に氏名住所を明記し、別の封筒に入れて同会宛てに送れば返送してもらえる。郵送先や問い合わせは、同会(〒463・0080 名古屋市守山区川西1の1304、電話090・7025・5934)へ。(高原敦)

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 庄内川 岐阜県恵那市が源流で、愛知県春日井市や瀬戸市、名古屋市一帯を通って伊勢湾に注ぐ1級河川。岐阜県内では土岐川と呼ばれる。矢田川は名古屋市で合流する支流。流域の陶磁器産業や大型工場の進出、生活排水などで水質悪化が深刻になり、国土交通省管理の1級河川で全国ワースト7位(00年)になるなど社会問題化した。排水規制や下水整備などで改善しつつあるが、水質指標の生物化学的酸素要求量(BOD)で、「アユなどが生息できる」値を満たさない一帯が下流に残る。

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