シベリア抑留体験者、生の証言 「つらい作業の合図だ」

奈良山雅俊
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 終戦直後に旧ソ連軍に連行され、過酷な労働を強いられたシベリア抑留者の証言を収めたDVD「Дамой(ダモイ) 祖国へ」が完成した。戦後75年を経て体験者が次々と他界する中、若い世代に戦争の悲惨さを伝えたいと、札幌市の市民団体が作った。北海道内の高校276校に送り終えた。

 制作したのは「シベリア抑留体験を語る会札幌」(建部奈津子会長)。新型コロナウイルスの感染拡大で体験者への取材が制限される中、これまでの講演会での映像も取り込み、60分に編集した。

 「ああ、地獄の鐘が聞こえる つり下げたレールの断片をたたく音 つらい作業の始まりの合図だ」。線路のレールを何度もたたく音が冷たく響き、7人の証言が始まる。

 「最初の冬に多くが死んだ」。西野忠士さん(95)=札幌市=は、過酷な労働や乏しい食事を語る。松村隆さん(94)=江差町=は、収容所での生活や思想教育を明かす。斎藤正男さん(94)=札幌市=は「昭和初期から終戦までの歴史を研究しなさい。本当のことがわかれば、いかに戦争が悪いことかがわかる」と訴える。

 死んだ仲間がどこに埋葬されたのかわからないつらさを話すのは山崎英雄さん(97)=同。神馬文男さん(94)=同=は、死んだ仲間の衣服を黒パンと替え、木の皮も食べて飢えをしのいだこと、帰国後に受けた差別を打ち明ける。

 吉田欽哉さん(95)=利尻町=は、仲間の遺体を埋葬した経験を語る。2年前、国の遺骨埋葬地調査に同行したが、場所を特定できなかった。いまだに遺骨を帰国させられない歯がゆさを吐露する。

 「帰国」を意味する「ダモイ、ダモイ」とだまされながら労働を強いられた日々を語ったのは堀澄兄さん(94歳で死去)=札幌市。樺太(現サハリン)で終戦を迎え、吉田さんと同じ船でシベリアへ連行された。昨年6月にDVDのための取材を受けたが、完成を待たず、8月18日に亡くなった。

 厚生労働省の推計で当時の満州(現中国東北部)、樺太、千島などから約57万5千人が連行され、約5万5千人が死亡したとされる。6年前に設立した語る会には抑留者16人が登録していたが、昨年、堀さんら2人が亡くなり、これまでに計6人が他界した。活動できる「語り部」は6人になった。

 このDVDは賛同者の寄付などをもとに500枚を作った。語る会は「抑留問題を歴史の隙間に埋もれさせてはいけない。より広く知ってもらうため、道内の図書館などへも寄贈したい」と話す。貸し出しなどの問い合わせは、語る会事務局の宮本稔さん(090・7054・2992)へ。(奈良山雅俊)

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 講演会に若い人の姿はほぼありません。部活動、アルバイトに忙しいのか、あるいは関心がないのでしょうか。教科書にわずか数行で書かれているシベリア抑留の説明で何が伝わるのでしょう。体験記などと異なり、生の声は必ず高校生の心に届き、胸を打つものと確信しています。

 DVDでは「酷寒」「飢餓」「重労働」の三重苦だけではなく、どうやって理不尽な苦難を乗り越えたのか、何を心の支えにしたのか、そして帰国してからどう生きてきたのかという「心境」にポイントを絞りました。

 ともすれば日の当たらないシベリア抑留の埋もれた証言を、一人でも多くの人に聴いてもらい、改めて戦争について考え、自分の意見を持てるきっかけになればと思います。

 1人の証言は7分ほど。授業で、60分すべてではなくても、15分でもいいので活用してもらえることを願っています。