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 千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館(歴博)で特集展示「海を渡った漆器Ⅲ―輸出漆器の技法」が開かれている。16世紀後半から、日本の特産品として輸出された漆器が、いかに世界的規模で人気のある商品であったかを伝えている。2月7日まで。

 担当した日高薫教授によると、歴博では、近世から近代に輸出された漆器を、日本と海外との交流を伝える歴史的な背景を持つものとして収集を続けている。今回は桃山時代から江戸時代の輸出漆器に用いられた技法に焦点をあてて、約30点を並べた。

 日本の漆工芸に最初に注目した西洋人はポルトガル人宣教師たちだ。16世紀の後半から17世紀の初めにかけて、ポルトガルやスペインとの交易を通じて、大小の櫃(ひつ)や引き出し付きの書簞笥(だんす)などが輸出された。「南蛮漆器」と呼ばれる。

 そのデザインは、幾何学文様の中に花鳥や動物をびっしりと描くもので、伝統的な蒔絵(まきえ)装飾にはなく、異国風の雰囲気が漂うものだった。比較的単純な平蒔絵の技法を用い、その上に螺鈿(らでん)をたくさん使っているのが特徴だ。

 江戸時代になると、漆器の輸出は主にオランダ人の手にゆだねられる。オランダ人が求めた物は、観音開きの扉付きキャビネットなど西洋風の家具に、黒漆地に金の高蒔絵の装飾を施した和風の趣のあるものだった。伝統のある京都の漆工芸業者が、長崎・出島に注文を取りに来たが、オランダ人の注文はかなり細かかったという。

 16~17世紀にはオランダを通して、ヨーロッパ中に広まったが、王侯貴族しか買えない非常に高価なものだった。金を材料として使い、制作に非常に手間がかかるものだったからだ。

 高価だったためにオランダ東インド会社は1690年代を最後にオランダ向けの漆器取引を断念する。その後の輸出は、私貿易を通じて行われた。

 18世紀末になって、新しいタイプの輸出漆器が考案され、再び漆器の輸出は盛んになった。西洋銅版画の図柄を、精巧な蒔絵で写し取った高品質のもので、壁掛け用の飾り板が多かった。19世紀になると、蒔絵に代わり螺鈿装飾を施した漆器の家具調度が制作され、盛んに輸出された。

 月曜休館。一般600円、大学生250円。問い合わせはハローダイヤル(050・5541・8600)。(稲田博一)

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 〈蒔絵(まきえ)と螺鈿(らでん)〉 漆工はアジア特有の工芸技術。さまざまな装飾法があるが、日本で顕著な発展をしたのが蒔絵と螺鈿だ。

 蒔絵は、漆塗りにした面に漆で文様を描き、それが乾ききらないうちに、金や銀の粉などをまいて固めたもの。研出(とぎだし)蒔絵、平蒔絵、高蒔絵に大別される。ほぼ日本固有の技法だ。

 螺鈿は、夜光貝や蝶(ちょう)貝、アワビの殻を文様形に切り抜き、木地や漆地にはめ込んだり、貼り付けたりする技法。奈良時代に中国から技法が伝わり、蒔絵と併用されたり、単独で用いられたりした。

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