「沖縄」に鍛えられた官僚たちのその後 外交文書は語る

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編集委員・藤田直央
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アナザーノート 藤田直央編集委員

 コロナ禍でまた緊急事態宣言が出た首都圏。年明けのジョギングで運動不足を痛感し、毎年2月に出ている地元のマラソン大会が中止になって複雑な藤田直央です。今年もよろしくお願いします。

 今回は戦後日本外交の文書公開の話です。外務省が毎年末に行うようになり、私は取材班のキャップとして先月、約1万ページとにらめっこしていました。30年経った記録から秘密指定を順次解かれ、今年は初めて平成(1989年1月~)や冷戦後(89年12月~)のものが出てきました。

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 文書を手がかりに天安門事件など様々な激動のエピソードを描き、朝日新聞デジタルで特集しました。一連の記事を肉付けしようと当時に詳しい人たちに取材する中で、とても興味深い話を聞いたので紹介します。

 「沖縄返還交渉で中堅として活躍した外務官僚たちが、この冷戦末期に大幹部になっても頑張っていますね」

 そう話したのは、九州大学准教授で日本政治外交史が専門の中島琢磨さん(44)。戦後の日米関係を中心に史料を読み込み、政治家や元官僚などキーパーソンへのインタビューも重ねて検証している研究者です。

拡大する写真・図版外交文書についてリモートで取材に応じる九州大学准教授の中島琢磨さん=2020年12月

 「大幹部」の中でも中島さんが注目したのが、88~91年に英国大使を務め退官した千葉一夫氏です。72年の沖縄返還へ北米第一課長として奔走したエピソードは私もこれまでの公開文書で知っていました。その文書を元に2018年には「返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す」という映画にまでなっています。

拡大する写真・図版外務省北米課長や英国大使を務めた千葉一夫氏(1985年撮影)

 今回の公開文書からは、沖縄返還交渉から約20年経ち英国大使となった千葉氏の変わらぬ精力的な動きがうかがえます。焦点は89年9月のサッチャー英首相訪日。千葉氏はこれを沖縄返還と並ぶ戦後日本外交の懸案、北方領土問題の進展に生かそうとしました。

 国際政治で大きな存在感のあった「鉄の女サッチャー氏は、東京に次いでモスクワを訪れ、親しいソ連のゴルバチョフ書記長と会談する予定でした。そこで千葉氏は、サッチャー氏に解決を促してもらおうとしたのです。

サッチャー首相の様子探る

 訪日を控えたサッチャー氏をロンドンの日本大使公邸での夕食に招待し、様子を探ります。外務省への公電で「首相は北アイルランド出張より戻ったばかりでやや疲れた様子もあったが、中途より持ち前の闊達(かったつ)な口調で上機嫌に種々の話題について論じた」と報告しています。

 ただ、北方領土問題のような二国間の深刻な対立に他国の首脳を巻き込むことには慎重を要します。英国大使といえども日本政府からの指示なしには動けません。そこで千葉氏はサッチャー氏に自分からは言わず、東京での海部俊樹首相との会談などで取り上げるよう、中山太郎外相に意見具申します。

 その公電には「サッチャー首…

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