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 無所属の2氏が争う山形県知事選。前自民県議で新顔の大内理加氏(57)=自民、公明県本部推薦=は山形市、4選をめざす現職の吉村美栄子氏(69)は大江町と、いずれも村山地域の出身となっている。が、庄内地域のある自治体幹部に言わせると「そもそもあれはヨソの県の選挙だから」。なぬっ、確かに庄内出身者は絡んでいないが……。

 「今回に限らず、庄内の人にとって、知事選は盛り上がりに欠くもんだ」

 庄内地域のある首長経験者は話す。理由の一つとして、江戸時代に庄内藩として独自の文化を築き、その流れが明治以降も続いたことから「内陸との気質の違い」があるという。北前船で栄えた庄内は「日本海を通じ外とつながっており『地元志向』が乏しい。山形より東京に関心があるんだな」と解説してくれた。

 実際に明治初期、庄内地域が「ヨソの県」だったこともある。1869(明治2)年の版籍奉還後、酒田県が誕生。山形への県庁移転、廃藩置県による酒田県の再発足を経て、鶴岡県となった。山形、置賜、鶴岡の3県統合で今の山形県となったのは76年のことだ。

 この首長経験者は、内陸との人口差も理由に挙げる。県内有権者約91万5千に対し、庄内地域は約22万9千人で4分の1程度。仮に庄内から候補者が出ても「数的にまず勝てない」というわけだ。選挙で選ばれた歴代の知事6人も県外出身の1人を除いて、みんな村山地域の出身だ。

 しかし、庄内の人が知事選に関心がないのかと言えば、そんなことはない。選挙戦になった直近5回の投票率を比べても、庄内がほかの地域に比べて低いわけではない。今回も、丸山至・酒田市長は大内氏を、皆川治・鶴岡市長は吉村氏を、それぞれ「支持する」と公言するなどアクションは起こしている。

 鶴岡市史編纂(へんさん)委員の阿部博行さんは「庄内藩の藩主であった酒井家の遍歴に関係があるかもしれない」と話す。明治に入ると、酒井家も、ほかの全国の藩主たちと同様に東京で暮らし始めた。藩主自らドイツに留学もしたが、戊辰戦争で庄内藩が「賊軍」だったからなのか、「帰国後に厚遇されなかったようだ」と阿部さん。

 やがて酒井家は城のあった鶴岡に戻り、地元に残る家来の子孫たちは、かつての「殿様のいる暮らし」の中に新しい時代のアイデンティティーを見いだす。「それが、銀行の設立やコメ倉庫の建設など、政治や経済で中央や内陸とは違った独自路線を歩むことにつながったのではないか」と阿部さんは推測する。

 「どうして知事が出ないのか? そもそも、そう思うレベルまで到達していない。庄内は昔から豊かで困ってないので、候補者を出すなんて、考えたことすらないんじゃないかな」

 若者の意見が聞きたくなって、…

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