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 北海道釧路市立博物館の収蔵庫で、明治期に徳島県で採集された植物の標本約50点が見つかった。標本の一部は今月末まで同館で展示されている。100年以上前の四国の標本がどんないきさつで残っていたのか。徳島県立博物館は「驚いた。当時の植生がわかる貴重な証拠だ」と関心を寄せる。

 釧路市立博物館の収蔵庫の棚には、植物標本を収めた箱や袋が複数保管されている。昨年、新型コロナウイルスの感染拡大で休館が続き、企画展も延期になった。このため植物担当の学芸員、加藤ゆき恵さんは標本を整理することにした。

 大きな箱のひとつに、台紙の束が麻ひもで縛られて入っていた。植物が1点ずつ紙テープで丁寧にとめられていた。加藤さんは見たことのない標本だった。

 「フジシダ」「トキワトラノオ」「クジャクシダ」「トラノオシダ」「カニクサ」――

 台紙に貼られたラベルによると、明治期のものがシダの仲間を中心に約50点あった。採集地はほとんどが「阿波国」(徳島県)の各地で、採集者は「笠井文夫」と記されていた。

 どんな人物か。

 徳島県立博物館によると、笠井さんは現在の徳島県吉野川市出身の植物研究家だった。尋常高等小学校校長を務めた。植物研究熱が民間で高まっていた明治・大正期には、地元の指導者的存在だったようだ。「剣山植物目録」をまとめ、「日本の植物学の父」といわれる牧野富太郎とも親交があった。

 茨木靖学芸員(植物担当)は「これだけまとまった明治期の徳島県の標本は見たことがない」と驚く。

 特に、西日本第2の高峰・剣山(1955メートル)で採集された標本がクモノスシダやヤマイヌワラビなど16点ほどあることに注目する。「剣山周辺に平家が落ちのびたとされ、山深い修験道の地として知られる。明治期には道も整備されておらず、植物採集は困難だったはず。当時の植生がわかり、とても貴重だ」

 釧路市立博物館の加藤さんによると、北海道弟子屈(てしかが)町出身で食堂を経営していた植物研究家、故・松本秋義さんから贈られた未整理の標本の中に交じっていたという。

 元同館学芸員の新庄久志さん(現・釧路国際ウェットランドセンター技術委員長)によれば、松本さんと笠井さんは全国を植物採集して回る者同士で交流があった。ただ、どんないきさつで松本さんが笠井さんの標本を手に入れたのかはわからないという。

 「100年以上前の自然がそのまま切り取られた形で残されていた」という笠井さんの標本。釧路市立博物館は昨年11月から、これらの標本とともに、大正期に釧路地方で採集された植物標本を1点ずつ入れ替えて展示してきた。31日まで見られる。

 加藤さんは「後世のために記録を残したいという笠井さんや松本さんの思いを未来につなぐことができてよかった。未整理のものがほかにもあるので調査を続けたい」と話している。(高田誠)

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