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 映画の結末に触れているのでご注意ください。新海誠監督による2019年公開の長編アニメ「天気の子」は、異常な長雨が続く東京で家出少年・帆高がバイト少女・陽菜(ひな)と出会い、祈りで天気を晴れに出来る彼女の不思議な力で生き抜こうとする物語です。しかし終盤、「人柱」となって天へと消えた陽菜を帆高が地上に連れ戻したため、世界の形が変わります。「青空よりも、俺は陽菜がいい! 天気なんて狂ったままでいいんだ!」

 3年後、東部が水没した東京で帆高は陽菜と再会し「大丈夫だ!」と手を取る。雨雲の隙間から差す陽光が2人を照らし終幕。でも、帆高は罰を受けなくていいのか?

 先月「天気の子」を取り上げたとある講座でこんな趣旨の質問が出ました。それを起点に私なりの考察がまとまったので、それをネタに先週21日、東京・渋谷のイメージフォーラム映像研究所「クリティカル・ライティング講座 “映画の見方”を考える」で講義してきました。結論を言うと、本作は「狂った世界」にぶつけた「正しくない物語」なので、帆高の罪と罰はラストのすっきりしない天気のようにまだら模様なのです。それが味わい。詳しく語りましょう。

 この映画を俯瞰(ふかん)して…

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