被爆地・広島「約束が始まる日」 核兵器禁止条約が発効

東谷晃平、比嘉展玖、宮崎園子
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 「ノーモア・ヒロシマ」と訴え、核兵器廃絶を長年求めてきた被爆地・広島。核兵器を法的に禁止する初めての条約が発効した22日の動きを追った。(東谷晃平、比嘉展玖、宮崎園子)

 小雨降る朝の平和記念公園広島市中区)。引き取り手のない遺骨約7万柱が眠る原爆供養塔の前で、手を合わせる男性がいた。

 「原爆のせいで家族の元に帰れない人がこれだけおるのに、なぜ賛同しない国があるのか分からん」

 新谷耕二さん(63)。祖父は76年前のあの日、建物疎開に動員されたまま、今も行方が分からない。

 午前9時、広島市役所。母親の胎内で放射線を浴び、脳などに障害がある原爆小頭症被爆者らでつくる「きのこ会」が記者会見した。会員の川下ヒロエさん(74)=広島市東区=は条約への思いを聞かれ、「よく分かりません」。傍らの長岡義夫会長(71)に「お母さんたちの望みでもあった。よかったよね」と声をかけられ、笑みを見せた。

 中区の八丁座では、カナダ在住の被爆者サーロー節子さん(89)のドキュメンタリー映画が公開された。鑑賞に訪れた佐藤広枝さん(82)も被爆者。「サーローさんを始め、条約の発効に多くの人が力を尽くしてきた。涙が出ました」

 広島市松井一実市長は会見で「発効を契機に、核兵器の存在は容認しないとする世界の潮流をつくっていこう」と呼びかけた。

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 正午、原爆ドーム前。条約発効を受けて、原水爆禁止県協議会(県原水協)は「日本政府も署名・批准を!」と書かれた横断幕を掲げ、声を上げた。広島本通商店街までを200人以上が行進。パレードを見ていた中学1年の天満叶(かなえ)さん(13)は「平和学習を受けて核兵器はない方がいいと思っているし、そのきっかけになるのはいい機会だと思う」。

 午後2時、広島県原爆被害者団体協議会(坪井直理事長)の箕牧(みまき)智之(としゆき)理事長代行(78)が、広島市内で報道陣の取材に応じ、「日本が批准国に入ってくれないことが歯がゆい」と語った。その後、東京のラジオ番組にリモートで生出演。この日の国会で、菅首相が「条約に署名する考えはない」と明言したことについて意見を聞かれ、「これから越えなければならない山が二つも三つもある」と答えた。

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 夕暮れ、原爆ドーム前に少しずつ人だかりができ始めた。複数の平和団体が共同で開催した市民集会。空き瓶1200個で記した「NO NUKES(核なき) FUTURE(未来)! TPNW(核兵器禁止条約) 2021」のキャンドルメッセージ。

 「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」共同代表で、病気療養中の森滝春子さん(81)がともしびの中でマイクを握り、「亡くなった人の魂が炎となって帰ってきて見守って下さっている」と声を振り絞った。

 核抑止力に依存した日本外交が米国の新政権下でも続くことを許容しない――。声明が読み上げられ、その様子は広島在住の若者たちがインスタグラムで生配信した。被爆者の森川高明さん(81)は「日本は独立国。日米関係を見直し、近くの山から動かさないと。しっかりモノを言える政治が必要だ」と話した。

 「原爆の子の像」の前には子どもたちが集い、広島市立舟入小2年の來須(らいす)千依(ちより)さん(8)がこんなメッセージを読み上げた。「今日は原爆を作ってはいけないよという約束が始まる日だよとママにきいた。みんながお約束をしたらいいのにと思います」