パラオの神話・戦争伝える 小林市に資料館 宮崎

神谷裕司
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 太平洋戦争の激戦地となった西太平洋のパラオから戦後、宮崎県小林市南西方の環野(たまきの)地区に入植した久保松雄さん(86)が昨年8月、パラオに関する資料館を開いた。神話や伝説、自然、戦争遺物、両国の友好風景の写真パネルなど約120点を展示。久保さんは「日本と深い関係のある島国パラオのことを多くの人に知ってほしい」と話す。

 パラオは終戦まで約30年にわたって日本が統治。戦時中に旧日本軍と米軍が激戦を繰り広げたペリリュー島では、旧日本軍約1万人が犠牲になった。国連の信託統治を経て1994年に独立。独立時の大統領は日系の故クニオ・ナカムラ氏で、親日的な国として知られる。2015年には、天皇皇后両陛下(現上皇ご夫妻)が戦争犠牲者の慰霊のために訪問された。

 フィリピン生まれの久保さんは一時、母親の郷里の福島県に戻った後、1940年、5歳のときに母親らと一緒にパラオに渡った。「はじめの数年間は平和で穏やかだったが、終戦までの2年余りは米軍の空襲から逃げる日々だった。学校もろくに行けなかった」と振り返る。

 終戦翌年の1946年に日本に戻り、「暖かい南の土地に行きたい」という家族の希望で環野地区に入植した。当時、パラオから約100人が同地区に入り、荒れ野を開墾したという。

 久保さんは入植後、サツマイモやキャベツを作ってきた。「戦争で食べ物の大切さを痛感し、ずっと農業に従事してきた」そうだ。

 同じパラオから入植した美代子さん(83)と結婚し、1男2女に恵まれた。日本に戻ってもパラオのことが忘れられず、入植後も4回訪問した。

 昨年1月、神戸市の主婦がパラオで暮らした亡父の情報を求めて環野地区を訪れた。その主婦に資料の活用を勧められ、展示準備を進めたという。

 建物は、「バイ」と呼ばれるパラオの集会場を模して久保さんが約20年前に建てたもの。外壁や内部の柱などにはパラオ風の彫刻が施されている。

 展示は、自分で撮影した写真などに加え、書籍で調べた戦争の説明パネルや映像モニターも。当地の貝殻や民芸品も並べており、パラオのことを全く知らない人も興味を持てるように工夫してある。昨年12月には駐日パラオ大使館のフランシス・マツタロウ特命全権大使も資料館を訪れた。

 久保さんは「人を憎んだり殺したりする戦争は、本当におろかなこと。平和が一番大切だ。日本とパラオの友好関係も長く続いてほしい」と語る。

 資料館は「花の駅 生駒高原」近くの県道沿い。事前予約制。入館日や入館料などの問い合わせは久保さん(090・9728・4238)へ。(神谷裕司)