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 日本の妖怪をモチーフに美術作品を作っている福岡市城南区のグラフィックデザイナーの男性が、仲間と一緒に妖怪について調べた成果を手作りの新聞で紹介している。今年からはホームページで毎月公開するという。「妖怪伝説を知ることは地域を知ることにつながる」と話す。

 男性は二科会デザイン部会員の増本大二郎さん(42)。父で洋画家の憲樹さん(71)の影響もあり、法律を学んでいた大学2年の時に水彩画を描き始め、コンテストで賞も取った。

 だが、「自分には作品のモチーフがない」と放浪の旅に。自転車や鈍行列車で広島や鳥取、愛知、香川、岩手などを訪れ、神社や寺に足を運んだ。子どもの頃から妖怪伝説が好きだった増本さん。地元の人たちに話を聞くなかで、それぞれの土地に伝わる妖怪の話にひかれた。妖怪をモチーフにすることに決め、墨彩画とレリーフをこれまで約200点作った。

 大学卒業後は九州の神社仏閣にも行き、文献も読んで妖怪の言い伝えを研究した。訪れた神社や寺などは、約20都府県の100カ所以上になるという。

 20、30代のころは作品で食べていくことは難しく、父の作品やコレクションの販売をしていた。

 そんな20代後半、その後の人生を支える出会いがあった。画家の友人西尾聡さん(46)と、都内にある「ゲゲゲの鬼太郎」の作者水木しげるさんのスタジオを訪れたのだ。アポ無しだったにもかかわらず水木さんは2人を招き入れ、30分ほど応対してくれた。

 「先生にとって妖怪とは何ですか」と聞くと、「今、妖怪がいると思いますか」と逆に質問された。まごまごしていると水木さんは話し始めた。町が明るくなった分、人間が暗くなっている。今、妖怪は人間の心の中にいるんだよ、と。スタジオには資料がたくさんあり、研究意欲の高さにも圧倒された。増本さんは、作品を作り続ける意思を再確認したという。

 だが、その頃から母のがんが徐々に悪化。祖父の病気もあり、精神的にしんどい時期を過ごした。

 作品を作る気力も徐々に失い、こもりがちな日々が続いていた17年のある日、西尾さんと再会した。アートの話をしているうちに、水木さんのスタジオに押しかけたころを思い出し、一緒にコンビを組んでアート作りをしようと話が進んだ。コンビ名は尊敬する水木さんから「ミず鬼ずム(みずきずむ)」とした。増本さんは「枕童子」、西尾さんは「三日月電波」と名乗り活動している。

 19年にこれまで調べてきた内容を紹介しようと、「妖怪言霊通信」と名付けた新聞の発行を始めた。A3判で、ギャラリーなどで配ってきた。創刊号では「ぬりかべ」のルーツを探しに福岡県遠賀町を訪れ、住職に取材した話を掲載。第2号では、香川県の小豆島に伝わる妖怪の絵を紹介するなどしている。

 調べた話が増えてきたため、今年から毎月発行することにし、コンビ名を冠したホームページで公開を始めた。今年最初の第5号では、うし年にちなんで福岡県久留米市の「牛鬼伝説」を取りあげた。

 増本さんは、「妖怪伝説は地域を知るきっかけになる。社会にある悲しみやつらさが伝説の背景にあるので、コロナ禍の今、耳を傾けてみては」と話している。(渋井玄人)

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