拡大する写真・図版「勝負服」の白のジャケットに身を包む。「小惑星リュウグウの探査の間もずっとうまくいったので、帰還もうまくいくよう、験担ぎで着ていました」=2020年12月21日、相模原市中央区のJAXA相模原キャンパス、角野貴之撮影

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 小惑星探査機「はやぶさ2」の津田雄一プロジェクトマネージャは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)史上最年少で計画の総責任者を務め、6年50億キロの旅を成功させました。でも、大学に進学する時は、宇宙分野に進むかどうかで大きな葛藤があったそうです。悩みをどう乗り越えたのか、宇宙に興味を持ったきっかけや、困難な計画を成功に導けた鍵について聞きました。(小川詩織)

 ――宇宙に興味を持ったきっかけは?

 大学教授だった父親の仕事の関係で、小学1年生の時に1年間米国に住んでいました。いろんな場所に連れて行ってもらいましたが、フロリダ州のケネディ宇宙センターで見たロケットの発射台や組み立て棟が印象に残りました。この時は宇宙というより、すごく大きい「もの作り」に感動した。それで飛行機やロケット、人工衛星など機械が好きになりました。

拡大する写真・図版ケネディ宇宙センターで、サターンVロケットの巨大さに驚いた津田さん(右端)

 大学の進学では、宇宙関係の技術者になるか、飛行機のパイロットになるかで悩みました。開発と操縦はまったく違うようですが、僕にとっては複雑な機械を作るか、いじるかの似たものでした。進学校に通っていたこともあって、パイロットというのはとっぴな道なのかと思って航空宇宙工学を選んだんですが、大学に入ってからも、これでよかったのかと何度も思った。宇宙そっちのけで、飛行機の設計や操縦の本を読みあさっていました。

 ――大学院で、小型の人工衛星を打ち上げた。

 実際に人工衛星を作るのはなかなかできないので、大学院ってだいたいはデータシミュレーションとか机上の検討で終わるんです。でも、修士課程1年で参加したハワイのワークショップで、スタンフォード大の教授が「350ccの空き缶に通信機や観測機、コンピューターを詰め込んで人工衛星を作らないか」と提案してきた。「何を言ってんだ、この人」と思いながらも、すごく面白そうなので乗っかることにしました。

拡大する写真・図版小型衛星の完成を祝った記念撮影(右から2人目)。左隣が中須賀教授

 1年後、「カンサット」という衛星を作って高度4キロまで打ち上げました。ところが、直前にアンテナを入れ替えたせいで、せっかくの撮影データが送られてこなかった。すごく懲りて、念には念を入れて準備することを学びました。それが「はやぶさ2」にも生きていると感じます。

 ――最年少のプロジェクトマネージャを打診されましたね。

 「はやぶさ2」打ち上げの3カ…

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