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エール! 先輩から受験生へ 2021(上)

緊張を楽しむ

 今年も大学の一般入試シーズンを迎えている。部活と勉強の両立に向き合った先輩からのエールをお届けする。

 「シオリ」こと早乙女栞理(さおとめ・しおり)は、西関東吹奏楽コンクールで金賞を受賞するなど吹奏楽の実力校としても知られる進学校さいたま市立浦和高校から、昨年、早稲田大学社会科学部に現役合格した。

 中学から吹奏楽を始めたものの、高校では続けないつもりだった。しかし、志望校見学を兼ねて訪れた市立浦和の文化祭で吹奏楽部のステージを目にした瞬間、演奏やパフォーマンスがまぶしく輝いて見え、「ここで吹奏楽をやりたい!」と思った。そして、晴れて市立浦和に入学すると、吹奏楽部の一員になった。

 埼玉は、千葉、大阪、福岡などと並ぶ「吹奏楽王国」。シオリは吹奏楽の強豪中学の出身ではなかった。入部したてのころ、シオリは「つらい練習や経験によって、自分が強くなれる」といった部活についての言葉は「きれいごと」ではないかと疑っていた。

 そんなシオリを変えてくれたのは、まさに市立浦和の吹奏楽部だった。「ミッション・パッション・ハイテンション」をモットーに約150人で活動した。たとえ意見がぶつかりあったとしても関係が険悪になることはなく、音楽や活動を高めることができた。

 実際、練習や人間関係でつらいこともあった。しかし、信頼関係で結ばれた部員同士、それを乗り越えたときに「次に困難にぶつかったとき、どう解決していけばいいのか」というノウハウが得られた。「つらい練習や経験によって、自分が強くなれる」は本当だったのだと、シオリは吹奏楽部の体験から学んだ。

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 吹奏楽部顧問の小泉信介が教えてくれるメンタル面のレクチャーにもシオリは大きな影響を受けた。

 「責任を負う快感」

 小泉が教えてくれた言葉の一つだ。コンクールメンバーに選ばれたり、リーダーになったりしたとき、その責任は大きなプレッシャーを生む。だが、「責任を負うことこそ楽しく、やりがいを感じることなのだ」という考え方にシオリは共感した。

 そして、その言葉を自分なりに解釈したとき、「緊張も、責任と同じようにプラスに変えられるのではないか?」と考えた。コンクールやコンサートの本番前は心臓が飛び出そうなほど緊張する。でも、本番が終わると必ずと言っていいほど高揚感に包まれ、「やりきった!」という充実感が得られる。緊張は「ワクワクや快感の元」なのだ。

 「緊張を楽しむ」

 それが、シオリが吹奏楽部の活動で得た極意になった。

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 部活は充実していたが、勉強との両立は難しかった。高1のときは家に帰ってから勉強をする余力がなく、高2のときは部内で演奏時のパフォーマンスや演出を考える企画係の仕事が増えたために勉強時間が削られがちになった。

 そんな中、シオリは授業中に行われる小テストだけはしっかり取り組むようにした。小テストは範囲も狭く、短い時間で集中して勉強できる。英単語や英文法など、暗記しなければならないものは地道にやっておくようにした。

 高3になり、クラスメートが勉強に本腰を入れ始めた。シオリは内心で焦りや不安を抱えながらも部活を続けた。

 「部活をやっているときは勉強や受験のことを考えるのはやめよう。逆に、勉強しているときは部活のことは考えない。目の前のことに集中しよう!」

 それがシオリが自分で決めたルールだった。

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 高校生活最後のコンクールで、シオリは全国大会を目指す55人のA編成メンバーにはなれなかった。地区大会だけに出場するD編成に所属してバンド長(リーダー)を務めた。7月下旬の大会本番では《カルミナ・ブラーナ》を演奏し、同じ強豪校の埼玉栄高校や県立伊奈学園総合高校などと並んで金賞を受賞した。

 そこで部活を引退し、受験勉強に専念する道もあったのだが、シオリは全国大会を目指して埼玉県大会、西関東大会へと進んでいくA編成のサポートに回った。同じ吹奏楽部の仲間たちを最後まで見守りたかったのだ。

 全国大会出場をかけた西関東大会では、ステージと舞台裏とを仕切る反響板の隙間から仲間たちの演奏を見守った。

 「あぁ、なんてよい演奏なんだろう。私はこんなすごい人たちと一緒に部活をやっていたんだ!」

 仲間たちが小泉の指揮を見つめる真っすぐな視線。ステージの照明のまぶしさ。きらめきながら客席へと放たれる音楽……。

 シオリは、涙が止まらなかった。

 自分もその場所で演奏したかったという気持ちがなかったわけではない。けれど、何より「市立浦和高校吹奏楽部の一員でよかった」という思いが強かった。

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 吹奏楽部での活動が終わった後も、学校全体が盛り上がる体育祭の準備などがあり、シオリが受験勉強に専念できるようになったのは9月下旬からだった。

 私立文系のシオリの第1志望は早稲田大学社会科学部だった。高2の冬から映像授業を行う予備校にも通っていたが、成績は合格のボーダーラインにも届かなかった。

 シオリは毎日の勉強内容をスケジュールとしてまとめ、それに沿ってまんべんなく進められるように工夫した。これには、D編成のバンド長として日々の練習メニューを決めていた経験が活(い)かされた。

 暗記が得意でなかったので、学んだ内容を自分なりにノートに細かくまとめることで記憶に焼き付けていった。

 小テストの勉強を地道に続けていたことで基礎力が養われていたことも役立ち、成績はぐんぐん伸びた。受験シーズン直前の模擬テストでは、校内順位がなんと文系1位になった。

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 受験の本番で新型コロナウイルスの大きな影響を受けずに済んだのは幸いだった。緊張はした。しかし、そんなときこそ「緊張を楽しむ」というコトバを心の中で念じた。

 ときには受験会場のトイレに入り、ニコッと笑顔を作った。

 吹奏楽部でポップスの演奏をするとき、「笑顔が大事」「もっと笑顔で」と、よく言われた。笑顔で演奏すれば、自然と楽しい気持ちになり、音楽が楽しいものになった。

 受験も同じだ。作り笑顔でいいからスマイルを浮かべてみると、「よし、この受験の緊張を楽しもう!」という気持ちになれた。

 こうした積み重ねの末にシオリは第1志望の合格を勝ち取った。

 部活で学んだことがいくつも活かされ、成功をつかんだわけだが、「受験に活かそう」と思って部活をしていたのではない。ひたむきに部活に取り組んでいたことが糧となり、その中に受験勉強にも通じるものがあったのだ。

 部活を続けていていいのかと悩んだこともあった。でも、大好きな部活を満喫し、最後までやり遂げた上で受験にも成功したことをシオリは誇りに思っている。

 これからの大学生活、そして長い人生でもきっと、市立浦和高校吹奏楽部で学んだことがシオリを支えてくれるだろう。(敬称略)

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 オザワ部長 吹奏楽作家。1969年生まれ、神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部文芸専修卒。自らの経験をいかして『みんなのあるある吹奏楽部』シリーズ(新紀元社)を執筆。吹奏楽ファンのための「吹奏楽部」をつくり部長に。