第3回真っ暗な病院で授かった光「それでも頑張ろう」と決めた

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大宮慎次朗

拡大する写真・図版あの日響いた産声

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 コロナ禍による休校で子どもたちが学校に行けずにいた昨年春。仙台市内の一戸建て住宅の庭で、父と子がサッカーボールを蹴っていた。

 地面に落とさずに、空中でパスをし合う練習。「負けたほうがダッシュの罰ゲームだぞ」

 そう言う父の瀬川誠さん(46)は、元Jリーガー。ベガルタ仙台でプレーし、いまはジュニアチームのコーチを務めている。数回、パスが続き、小学4年の長男、虎(とら)くん(9)が負けた。「パパうまいよー」。誠さんが目を細めた。

 思い返せば息子が生まれた日は、サッカーのことを考える余裕などなかった。

 10年前の3月11日。妻の史佳(ふみか)さん(48)が仙台の病院の陣痛室にいた時に大きな揺れが襲った。誠さんは妻の体に覆いかぶさった。停電して器具類が倒れ、窓ガラスが割れて飛び散った。

連載「あの日響いた産声」

 絶望と混乱が日本を覆ったあの日、東北の被災地に希望の産声が響いた。3月11日に10歳になる子どもと、その家族の思いを取材しました。

 余震が続く中、受付奥の簡易…

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