拡大する写真・図版新型コロナウイルス感染症患者のひげをそる看護師の轟卓弥さん(29)。「患者さんは家族と会えない日々が続く。できる限り時間をとって、一人一人とコミュニケーションをはかるようにしています」=2020年12月24日、埼玉県三芳町、川村直子撮影

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 新型コロナウイルスの感染が広がり、収束が見通せない日本。医療逼迫(ひっぱく)の事態に備えて、昨年春から奔走してきた、民間の小さな医療機関がある。

 埼玉県三芳町のふじみの救急病院は、24時間365日の救急診療で地域医療を支えながら、重症のコロナ患者も受け入れる。PCR検査場の設置をいち早く公表し、設備を拡充。その検査数は約9カ月間で5万件にのぼる。

 「感染拡大をくい止めるため、意味のある戦略的な検査を」――。院長の鹿野晃さん(47)は訴える。

拡大する写真・図版ICU(集中治療室)で懸命の看護が続く。肺の圧迫や体の硬直を防ぐリハビリなども担い、レッドゾーンでの対応は数時間に及ぶこともある=2020年12月16日、埼玉県三芳町、川村直子撮影

 県から帰国者・接触者外来の指定を受けた昨年3月。ふじみのは「診療所」だった。人口10万人あたりの一般病床数が全国で最も少ない埼玉県で、「地域医療を担いたい」と、鹿野さんが24時間対応の救急クリニックを開業して1年半になる頃、国内で感染が広がった。

拡大する写真・図版病院裏に移設したコロナ患者用の仮設病棟=2020年11月30日、埼玉県三芳町、川村直子撮影

 「救急医としていま立ち上がらなければ、一生後悔する。地域のためにも、コロナ患者受け入れに全力を尽くしたい」。院長から相談を受けた当初、看護部長の板垣光純さん(43)には戸惑いもあった。患者に長時間接する看護師らの感染リスク、PCR検査の負荷、風評被害。感染者を受け入れることで、ほかの患者の足が遠のくことは目に見えていた。

 だが、苦労して開業したばかりなのに「潰れたら、そのときは裸一貫やり直す」と言う院長の決意に腹をくくった。「どこかが担わなければ」

拡大する写真・図版家庭内感染を防ぐため、板垣看護部長は夜遅くに帰宅してソファで寝て、早朝に出勤する生活を続けている。家族から渡された手紙を開くと「パパがんばれ!コロナにまけるな!!」と記してあった=2020年12月30日、埼玉県三芳町、川村直子撮影

 スタッフ総勢35人の小所帯で、未知のウイルスに向きあった。コロナ疑いの患者が院内の設備に手を触れず移動できる動線をつくり、PCR検査場を屋外に設置。ホームセンターで入手したフレームとビニールで、飛沫(ひまつ)防止の間仕切りをつくった。フェースシールド代わりのゴーグルを買いに走った。

拡大する写真・図版治療や看護の計画について話す鹿野院長(右)と板垣看護部長=2020年12月28日、埼玉県三芳町、川村直子撮影

 看護師の松本高宏さん(38)は「心の準備は必要だった。でも、怖さより使命感が勝った。普段から話を聞いてくれる風通しの良さもあって、ここでしかできないことがある、と思った」と振り返る。

拡大する写真・図版PCR検査の列が途切れることはほとんどない。「お待たせしてすみません、ちょっと痛いけどがんばってくださいね」。看護師の松本高宏さん(中央)は患者と目線を合わせ検査内容を説明する。「不安を抱えて来た患者さんの気持ちが和らぐように考えています。安心してもらいたい」=2020年11月26日、埼玉県三芳町、川村直子撮影

 4月初旬に「コロナ患者が入院できる一般病床は県内に47床のみ」とニュースが報じると、クリニックは駐車場にプレハブの仮設病室をつくった。約1カ月で計19床のコロナ患者用ベッドを用意した。

拡大する写真・図版レッドゾーン内の清掃をする看護師たち=2020年12月16日、埼玉県三芳町、川村直子撮影

拡大する写真・図版ふじみのは自前の救急車と救急救命士チームを持ち、患者の搬送も行う=2021年1月6日、埼玉県三芳町、川村直子撮影

 「感染は低温、低湿度で広がる。冬が正念場だ」。院長の鹿野さんは危機感を抱き、準備を進めてきた。

 隣接する休耕地など約3千平米を借り上げ、専用のCTを備えた発熱外来と、ドライブスルーにも対応する大規模なPCRセンターを整備。迅速に結果を確認するため、検査会社を誘致した。

 スタッフの数は3倍近くに増やし、独自に同額の危険手当を支給している。

拡大する写真・図版発熱外来のCT装置を消毒する放射線技師。技師らはPCRセンターで検体と患者名簿の照合作業などにもあたる=2020年12月28日、埼玉県三芳町、川村直子撮影

拡大する写真・図版患者が車に乗ったまま受けられる、ドライブスルー型のPCR検査。看護師と臨床検査技師が検体を採取する=2020年11月26日、埼玉県三芳町、川村直子撮影

拡大する写真・図版PCRセンターで患者に対応する救急救命士。トリアージを担い、胸部CTの撮影や医師の診察につなぐ=2020年12月16日、埼玉県三芳町、川村直子撮影

 「科の垣根なく、みんなで負担して、みんなで分け合う。ワンチームで力を合わせたい」と板垣さんは言う。9月以降、全職員が週に1回のPCR検査を受けている。自費検査にあたり、全額が院負担だ。

拡大する写真・図版複数のプレハブ棟からなる発熱外来・PCRセンター。検査人数が600人を超える日もあり、スタッフ総出で対応している=2020年12月28日、埼玉県三芳町、川村直子撮影

 12月には、コロナ患者用のベッドを38床に倍増し、重症者の受け入れを始めた。ICU(集中治療室)やHCU(高度治療室)などの設備を整え、「病院」になった。

拡大する写真・図版診療所だった頃は、他院で受け入れを断られた症状の重い患者に発熱外来で対応した。搬送先の病院が決まると担当医は救急車に同乗し、患者の急変に備えた=2020年11月30日、埼玉県三芳町、川村直子撮影

 医療法では診療所の病床数は19床以下と定められている。診療所で入院を受け入れられるのは中等症患者までだった。

 鹿野さんは言う。「スキルを持った医師や看護師がいて、乗り越えようという意志がある。困難な挑戦だが、重症者を診ないという選択はなかった」

拡大する写真・図版病状が悪化し他院から移送されてきたコロナ患者に人工呼吸器を装着した後、ICUへ運ぶ医師ら。病院では38床のうち7床が重症者用ベッドだ=2021年1月5日、埼玉県三芳町、川村直子撮影

 ふじみのが担ってきたPCR検査の数は、約9カ月間で5万件にのぼる。「新型コロナウイルスは発症前から感染性がある。疑いのある人を一刻も早く検査につなげ、結果を確認し、陽性者の隔離や治療を開始することが重要だ」。PCR検査場の設置を昨年春に公表すると、症状があっても検査を受けられないという人たちが、昼夜問わず、県外からも訪れた。

 今やPCR検査には民間企業も参入し、検査自体は比較的容易に受けられる。だが「信頼性があり、無症状者でもすぐ自宅療養につながる検査でなければ、感染拡大防止にはほとんど意味がない」と指摘する。

 1月第2週に実施したPCR検査3655件の陽性率は10・8%。検査件数の約3割を占めた自費検査――症状がなく濃厚接触者でもない人たちの陽性率は5%だった。

拡大する写真・図版PCR検査の結果、陽性と判明した患者に電話する救急救命士ら。医療機関では自費検査であっても陽性者の「発生届」を保健所に提出する。ふじみのでは検査結果を患者本人がウェブ上で確認できる仕組みだが、陽性者へは電話でも連絡。自宅で保健所からの指示を待つよう伝えている=2021年1月6日、埼玉県三芳町、川村直子撮影

拡大する写真・図版引き継ぎをする看護師たち。村島佐知子さん(左)は「患者さんご家族の心のケアも心がけています。患者さん本人だけでなく、ご家族もショックを受けているなかで、何を必要とされているのかを考えながら、患者さんの状態などを伝えています」=2021年1月6日、埼玉県三芳町、川村直子撮影

拡大する写真・図版夜勤を終え帰路につく、看護師の伊瓶雄平さん(31)。コロナ患者への取り組みを知り、この病院に転職した。故郷の山形県に妻と3歳、5歳の子どもたちを残して単身赴任。帰省は自粛している。「地方の医療格差をなくしたい。いつか故郷に恩返しをするため最前線で学びたい、と決めた自分を、家族も応援してくれています」=2021年1月6日、埼玉県三芳町、川村直子撮影

 厚生労働省は、新型コロナウイルスの感染可能期間が発症2日前から発症後7~10日間程度、との考えを示している。「療養や治療の開始まで、症状を自覚してから5、6日かかるようでは遅い。感染力の最も高い期間に出歩いてしまう」と鹿野さんは訴える。

 「本気で医療現場の逼迫と感染拡大をくい止めるなら、戦略をもって、高齢者施設や医療機関など重症化リスクの高い場所、クラスターが発生しやすい場所での定期的な行政検査を徹底すべきだ。家庭内感染も外から持ち込まれるのだから」

拡大する写真・図版退院日、世話になった看護師と喜び合う遠藤雅行さん(55=手前)。重症化し一時は「もうダメだ」と思ったという。「生きる力をくれた病院の人たちには感謝しきれません。その笑顔に、ひとつひとつの声かけに、どれだけ励まされたか」と涙ぐんだ=2020年12月28日、埼玉県三芳町、川村直子撮影

 病院では、この年末年始も発熱外来を開き、重症患者を受け入れた。多くの患者が快方に向かう一方で、回復を見込めず、本人と家族が延命治療を望まずに亡くなる場合もある。

 それでも患者の苦しさが少しでも和らぐよう、医療従事者たちは手を尽くす。最後まで寄り添い、モバイル端末越しに家族の声を届ける。

拡大する写真・図版亡くなった感染患者が運ばれていく。患者が高齢で、本人と家族が人工呼吸器を装着する延命治療を望まない場合もある。それでも看護師らは患者の苦しさが和らぐよう、痰(たん)を吸引し体位を変え、手を握り、死の間際まで寄り添う。モバイル端末越しに家族の声を届ける。看護師の福田貴宏さん(39)は「太刀打ちできないコロナに、やるせなさを感じることもある」と話した=2021年1月、埼玉県三芳町、川村直子撮影

 鹿野さんは悔しさをにじませる。「コロナが蔓延(まんえん)していなければ感染することもなく、寿命はもっとあったかもしれない。そう考えると、いま起きていることは人災なのかもしれません」

拡大する写真・図版退院する患者と言葉を交わす鹿野院長=2020年12月28日、埼玉県三芳町、川村直子撮影

 1月半ば、鹿野さんは新型コロナウイルスに感染した。PCR検査で陽性が判明。すぐに外来診療を別の医師に引き継ぎ、2週間の自宅療養に入った。

 感染経路について、日常生活で思い当たることはない。病院では認知症患者の呼吸管理など、手探りの対応が増えていたという。

 自宅療養期間中は、開始から2日後が最も苦しかった。高熱と激しい悪寒や倦怠(けんたい)感、頭痛が4日間続いた。熱が下がった後は咳がひどく出るようになり、体重は5キロ減った。「軽症でも急変する可能性のある病気。医学の知識があっても強い恐怖感があった」と振り返る。

 回復し、25日から職場に復帰している。「症状があるのに医療の手の届かない人たちの不安はどれほどか。患者さんの思いに、これまで以上に寄り添っていきたい」(川村直子)