椹木野衣が選んだ「平成美術」とは うたかたと瓦礫が鍵

構成・田中ゑれ奈
【動画】平成のアートシーンをたどる「平成美術」展=白井伸洋撮影
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 泡のように離合集散するアーティストたちの「集合的活動」を通して平成日本の現代美術をたどる「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ) 1989―2019」(朝日新聞社など主催)が、京都・岡崎の京都市京セラ美術館で開かれている。企画・監修した美術批評家・椹木野衣(さわらぎのい)さんに、展覧会のエッセンスを聞いた。

 さわらぎ・のい 1962年生まれ。多摩美術大学教授。『日本・現代・美術』『震美術論』など著書多数。企画・監修した主な展覧会に「日本ゼロ年」展(水戸芸術館)など。

 平成の初頭にバブル経済が崩壊し、その余波は現在まで続いています。1995年には阪神・淡路大震災で見たこともない瓦礫(がれき)の風景が出現。2011年には東日本大震災が起き、福島第一原発事故で溶融した核燃料が燃料デブリとなりました。

 京都・下鴨神社ゆかりの鴨長明は『方丈記』に「よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつむすびて、久しくとどまりたるためしなし」と書きました。実は、方丈記の大半は大火や竜巻、飢饉(ききん)といった災害の記述。立派な屋敷が瓦礫と化し、虚無感が広がる中で不信や分断が生じる状況に、現在と近い空気を感じます。バブルとうたかた、瓦礫とデブリを掛け合わせて、「平成」という時代を考える符号としました。

 元号は西暦と比べて普段あまり意識されないものの、潜在的に私たちの社会を規定しています。表現の営みの中で、突出した個人の才能が歴史に刻まれるのは19世紀以降ですが、匿名の作家や工房による集合的活動はそれ以前から連綿と続いてきました。元号と集合性を掛け合わせることで、20世紀初頭や戦後のそれとも違う、平成の美術の特質を捉えてみたいのです。

 巨大な年表「平成の壁」に始まる会場は、14組のアーティスト集団の作品と1組の資料を、ほぼ時系列を無視して構成しました。89~01年にあたる第1部では、史上最年少でベネチア・ビエンナーレに出展したComplesso Plastico(コンプレッソ プラスティコ)や、匿名ユニットのIDEAL COPY(アイデアル コピー)のように、かつて大きな影響力があったのにその後あまり言及されなくなったグループを取り上げました。

 第2部は、当時既に国際的に評価を高めていた村上隆が、日本独自のアートフェアを目指してGEISAIを始めた01年を起点とします。村上隆という巨大な存在に対する、新世代かつストリートからの回答として出てきたのがChim↑Pom(チンポム)かと。東日本大震災以降アートの枠組みが崩れた第3部では、広島のアウトサイダーアートのスペース・クシノテラスや、作者が事故で急逝し不在のまま進められた國府理(こくふおさむ)「水中エンジン」再制作プロジェクトなど、さらに異なる離合集散性が表れます。

 東北芸術工科大学のプロジェクト・東北画は可能か?の大型絵画には震災前の作品にもかかわらず、被災地の景色が描かれています。10年に開局したDOMMUNE(ドミューン)は無観客配信のパイオニアとして、コロナ禍で力を発揮しました。アートは「予言」というわかりやすい言葉では言い尽くせない形で時代の無意識を映し、後の時間を先取りします。

 今振り返ると、平成は「密」な時代でした。コロナ禍以前にはもう戻らない令和時代の表現は、様変わりせざるを得ない。平成の年表の中に、その萌芽(ほうが)が多分、あるのだと思います。(構成・田中ゑれ奈)

 【出展作家】Complesso Plastico/IDEAL COPY/テクノクラート/DIVINA COMMEDIA/GEISAI/Chim↑Pom/contact Gonzo/東北画は可能か?/DOMMUNE/カオス*ラウンジ(資料展示)/パープルーム/突然、目の前がひらけて/クシノテラス/國府理「水中エンジン」再制作プロジェクト/人工知能美学芸術研究会[AI美芸研]

◇4月11日[日]まで、京都市京セラ美術館 新館「東山キューブ」(京都市左京区岡崎公園内)。午前10時~午後6時。入館は閉館の30分前まで。月曜休館

◇一般2千円、平成生まれの方は1800円(要証明書)。大学・専門学校生1500円(2月28日までは1300円)、高校生千円(同800円)、小・中学生500円(同300円)

◇詳細は美術館HP(https://kyotocity-kyocera.museum/別ウインドウで開きます)、電話075・771・4334

※会期などに変更の可能性があります

※混雑時には入場制限をする場合があります。予約専用サイト(https://www.e-tix.jp/kyotocity-kyocera-museum/別ウインドウで開きます)からの事前予約も可能です

主催 平成美術展実行委員会(京都市、朝日新聞社)

企画・監修 椹木野衣

協賛 サンエムカラー、ミネベアミツミ

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