楽天復帰マー君「震災10年に意味」 日本一にこだわり

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 大リーグヤンキースから8年ぶりに楽天に復帰した田中将大投手(32)が30日、東京都内で入団会見に臨み、「このたび楽天イーグルスに入団することになりました。今季は震災から10年という年で、自分がFAになってチームを選べる立場にあった。その中で10年という数字は自分にとって意味のあるタイミングじゃないかと思ったので、今回のような決断にいたりました」と、入団を決めた思いを語った。

 現在の心境について、「とてもワクワクしています。また皆さんの前でマウンドに上がって投げられる、日本の野球ファンの前で投げられるということでワクワクを抑えられていない。成長した姿をお見せできれば」と話した。

 楽天復帰を決断した理由については「一番は自分がどういう環境で野球をしたいかということ。(米国から)大きなオファーもあったが、その中でもイーグルスでプレーして、日本の方々の前でプレーすることを上回るものは最後までなかった」と明かした。

 こだわりたいタイトルは「日本一」と掲げた。数字については「いい投球していれば数字はおのずと付いてくる」と話すにとどめた。「(24連勝した)2013年で皆さんの印象が止まっていると思うので、求めているハードルは高い。でも、そこを飛び越えてやるというやりがいがありますし、1試合でも多く勝利をもたらしたい」と意気込んだ。

 今オフは新型コロナウイルスの影響で大リーグの移籍市場が滞り、ヤンキースとの7年契約を終えた田中は日本球界への復帰を選んでいた。2年契約で入団に合意し、推定年俸9億円は日本球界史上最高となる。背番号は「18」。

 兵庫県出身の田中は、北海道・駒大苫小牧高から高校生ドラフト1巡目で2007年に楽天入団。1年目に11勝を挙げて新人王に輝いた。13年は無傷の開幕24連勝を記録し、球団初のリーグ優勝、日本一に貢献した。13年オフにポスティングシステム(入札制度)を使ってヤンキースに移籍していた。

 大リーグの通算成績は174試合で78勝46敗、防御率3・74。

 田中将大の入団会見での主な一問一答は次の通り。

 ――8年ぶりの楽天復帰。率直に今の心境は。

 「とてもわくわくしています。また、皆さんの前で投げられる。日本の野球ファンの前で投げられることに、ワクワクがおさえられない。7年離れていたので、成長した姿を見せられたらと思う」

 ――楽天を選んだ決め手は。

 「自分自身、FA(フリーエージェント)になった瞬間、ヤンキースと再契約してプレーしたいという思いがあった。しかし、もう、かなり早い段階で(ヤンキースと)別々の道を歩まないといけないと感じた。それ以降、今まで考えたことがないくらい考えて悩み抜きました。世界中が厳しいこの状況の中でも、7年間プレーしたことを評価してもらい、大きなオファーもあった。その中でも、(楽天)イーグルスでプレーし日本のファンの前で投げる、そこを上回るものは最後までなかったので、こういう決断になりました」

 ――戻ってくるという思いはあったのか。

 「日本に帰ってきて、楽天イーグルスでキャリアの晩年ではなく、いいタイミングでバリバリ投げたいという思いはあった」

 ――背番号「18」を8年ぶりにつける心境は。

 「18番をつけて、プロとしてキャリアをスタートさせた。僕の中で、18番はエースナンバーという印象がものすごくある。自分が背負っていたから着けるというだけでなく、結果であったり、姿であったりで、示していけたらと思う」

 ――なぜ2年契約を選んだのか。

 「2年という契約にはなっているが、1年が終わった段階で、球団と色々な話をする機会は設けてもらっている。どうなるか自分でも分からないが、まだアメリカでやり残したことがあるとは思っている。そこに関しての選択肢は捨てきりたくなかった。ただ、決して腰掛けではなく、日本一になりたい、イーグルスでプレーしたいと思った」

 ――五輪についての意気込みは。

 「(当初は)2020年にオリンピックが開催されるはずだったので、もう自分は出られない立場にあった。延期になり、日本球界に帰ってきて、出るチャンスがあるということなので。選ばれるのなら断る理由なんてない。(2008年)北京オリンピックに出ましたが、悔しい思いをしている。母国開催で金メダルを取りたい」

 ――震災10年の節目。被災地の人にどういう姿を見せたいか。

 「今まで、一緒になってがんばりたいという気持ちはあった。今まで以上に近くにいられることで、できることがたくさんあるかもしれない。できる限り協力したいし、みなさんと一緒にがんばっていきたい。まずは球場のマウンドで、いい姿を見ていただけるように。変わらず、努力していかないといけない」

 ――パ・リーグで対戦したい打者は。

 「いない間に、たくさんのいいバッターが出ている。いい選手がたくさんいて、対戦が楽しみ」

 ――ソフトバンクの柳田悠岐選手は、対戦したくないと言っていた。

 「柳田選手は同級生なんですけど、話したことがないんです。対戦もあるけど、2013年は5割打たれている。それはリップサービスじゃないですか」

 ――恩師である故・野村克也さんの教えで、心に残っていることは。

 「とにかく、投手は原点(打者の外角低め)能力が大事だと教えられていた。そこは今までもそうですし、これからも胸に刻んでしっかりやっていきたい」

 ――2013年の感動がファンの心に残っている。その後7年間、13年を超える興奮、やりがいはあったか。

 「そこは舞台が違うので単純に比べることはできない。(13年の優勝と日本一が)野球人生で大きな出来事であることは変わらない。毎年、登板前に自分の集中力を上げるために見るビデオがあるんだけど、7年間、必ず日本一の瞬間は入れてもらっている。そういうところからも、わかっていただけたらなと思う」

 ――野村さん、日本一の時の監督だった故・星野仙一さんにどう伝えたいか。

 「また、帰ってきましたということと、シーズン後には、日本一になりましたと報告をすることができたら、一番いいかなと思っています」