中絶合法化を導いた「アンチお姫様」 書店発の女性運動

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サンパウロ=岡田玄
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 アルゼンチンに一足先に未来が来た――。2020年のおおみそか、隣国ブラジルの新聞がこんな風刺画を掲載した。その前日、アルゼンチン人工妊娠中絶の合法化法案が可決されたことを受けてのものだった。中絶に反対するカトリック教会の影響が強く、「マチスモ」という男性優位主義が根強いという共通の文化を持つ中南米諸国で、中絶の合法化が「未来」と受け止められたのだ。

記事半ばにポッドキャストによる岡田玄記者の音声解説があります。

ある殺人事件きっかけに

 ルネサンス様式、アールヌーボー、新古典様式……。美しい建築物が並ぶアルゼンチンの首都ブエノスアイレスは、文化活動が盛んなこともあり、「南米のパリ」と呼ばれる。

 10年ほど前に記者が留学していた時、地下鉄やバスでよく目にしたのが、本を読む人だった。まだスマートフォンがそれほど広まっていなかったことも理由だろうが、読書人口が多いことは間違いない。

 ロンドンにある国際組織「世界都市文化フォーラム」によると、2018年時点のブエノスアイレスの書店数は615店。16年で1600店ほどの東京に及ばないが、人口10万人あたりの軒数を見ると、東京の12店に対し、ブエノスアイレスは20店。19年の統計では、東京は1千店ほどに減っているので、さらに差は広がる。ニューヨークやロンドンよりも人口あたりの書店数が多く、世界でも屈指と言えるレベルだ。言い換えれば、それだけの数の書店を支える読者がいるということでもある。

 日本と同じく、どの書店でも入ってすぐに平積みの台に、売れ筋やおすすめの書籍が並べられている。近年、目立っていたのが「アンチ・プリンセサ」と呼ばれる児童書の伝記シリーズだ。直訳すれば「反お姫さま」。わずか25ページほどの薄い本だが、大きな書店だけでなく、街角で新聞や雑誌を扱う小さな売店「キオスコ」でも売られていた。

 シリーズではこれまで、チリのフォルクローレ歌手やボリビア独立に尽力した女性の軍事指導者、ブラジルの小説家など、9人のラテンアメリカの女性を取り上げた。メキシコ芸術家フリーダ・カーロや、アルゼンチンのペロン元大統領の妻のエバ・ペロンなど、日本でも知られる名前もある。

 共通しているのは、「お城で暮らすような、美しいお姫さまの物語」とは相いれない女性たちということだ。お姫さまの物語が伝える「女性らしさ」や「女性としての美しさ」、あるいは「女性の幸せ」をはねのけ、自分らしく生き、自分の幸せを実現した女性たちだ。

 著者のナディア・フィンクさん(43)は「アンチ・プリンセサで取り上げたのは、女性には権利がある、女性には歴史の中で別の居場所があると、示した女性たちです」と言う。人気になった理由を聞くと、「偶然にもある社会運動と連動することになった」と語った。

 シリーズ第1作のフリーダ・カーロの出版から1カ月後の15年5月、アルゼンチンである殺人事件が社会問題となった。14歳の妊娠中の女性が殺され、庭に埋められていたのが見つかった。殺したのは元恋人だった。

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 こうした事件は、今に始まったことではない。アルゼンチンジャーナリストのマリアナ・カルバハルさん(51)は「80、90年代、女性殺害や中絶による死亡は、地方版の小さな記事にしかならなかった」と話す。結果的に、望まない妊娠による中絶も、女性が抱え込んできた。

 しかし、15年5月の事件をきっかけに、「これ以上、誰も被害者にしない」という意味を持つ「ニ・ウナ・メノス」という女性運動が始まった。カルバハルさんは創設者の一人だ。

 運動に関わる別の女性ジャーナリストツイッターで、「すべての女性よ、声を上げよう。私たちが殺されている」と呼びかけた。遺体発見の3週間後、アルゼンチンの各地でデモが行われ、計80都市で数十万人が参加したという。

 この運動と連動する形で、「…

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